破裂しそうなしんどい思いを回避するライフハック短篇集(レビュー)
表題作は、うそつきではないのに人助けのためしぶしぶうそをひねり出す、相談係のようになってしまった女性が主人公である。 サークルを抜けたいのにどうしても抜けさせてもらえない大学生の姪を助けたことをきっかけに、意外な才能を見込まれ、何度もうそをひねり出すはめに陥る。 自分がついたうそは覚えておかないといけないなど、主人公は、息を吐くようにうそをつくタイプとは真逆で理詰めなうそをつく。うそのつき方に誠実な人柄がにじみ出てしまうのがおかしい。 「SNSを読みふけっていて疲れた」などとどうしようもないドタキャンの理由を言ってのけるような、相手を傷つけても平気な人間との無用な衝突を回避し、自分の感情を削られないようにするための、これは賢い方便なのだ。 十一の短篇は、空気がどんどん圧縮されていくような、いまにも破裂しそうだと感じる場所でしんどい思いをしているときに、小さな風穴をあけて危機を回避するための、ライフハックのようにも読める。 たとえば「第三の悪癖」の主人公の同僚は、ストレスを感じると、母親が溜め込んだ食器をこっそり持ち出し、ひそかに叩き割っている。その行為を見たとき主人公は「自分の疲れ切った部分がぱっと起き上がるのを感じ」、自分も割らせてもらう。 自分の機嫌は自分でとる、という言い方を最近よく見かける。彼女たちの行為は「悪癖」かもしれないが、そうやって何とか自分をなだめているのだ。 「ビッグイシュー日本版」に発表された、職場では十二歳年下の同僚から攻撃の標的にされつつ、家庭では目標を見失ったように見える息子を心配する女性を描く、「通り過ぎる場所に座って」も心に残った。 小さな場所を描いているのに、いつの間にか別の広いところに連れて行かれる気がした。 [レビュアー]佐久間文子(文芸ジャーナリスト) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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