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瀬戸内海の「毒ガス島」で廃墟を巡る…火炎放射器とウサギが語りかける“歴史の傷跡”

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文春オンライン

 瀬戸内海に浮かぶ大久野島にフェリーから降り立つと、港はカップルや親子連れで賑わっていた。みんなのお目当ては、可愛いウサギだ。周囲4.3kmの小さな島に、900羽以上が生息している。近年“ウサギの島”として人気が高いこの島のフェリー乗り場周辺では、多くの野ウサギが観光客を出迎え、愛嬌をふりまいていた。 【画像】毒ガス貯蔵庫、発電所、砲台…大久野島に残る“戦争廃墟”の写真を見る(32枚)  しかし、そんな賑やかなフェリー乗り場から少し奥へ入ると、華やかな雰囲気から一転、多くの廃墟が点在している。それらの廃墟は全て、戦争遺産だ。この島では戦時中、大日本帝国陸軍が秘密裏に毒ガスを製造していた。当時の建物が今も残る大久野島は、“毒ガスの島”という名でも知られている。

「地図から消された島」を訪問

 そもそもこの島は、毒ガスを製造する以前から海上防衛の要衝だった。日露戦争に向けて複数の砲台が急ピッチで築かれ、芸予要塞の中枢を担っていたが、実際には一度も使用されることなく廃止された。その後、1929年から毒ガスの製造がはじまると、要塞跡の一部は毒ガスの保管庫などに転用された。  島が担ってきた要塞、そして毒ガス工場という役割は、いずれも高度な軍事機密だ。秘匿性の観点からも離島というのは好都合で、戦時中には地図から島の存在そのものが消されてしまった。そのため“地図から消された島”とも呼ばれている。  このように、大久野島には“ウサギの島”、“毒ガスの島”、そして“地図から消された島”という3つの異名がある。「ウサギ」という可愛いイメージと、「毒ガス」「地図から消された」という言葉から滲み出る暗澹としたイメージは、あまりにも乖離している。  同じ島とは思えない複数の異名――。そのことがどうしても気になり、私は自分の目で見てみようと、数年前に大久野島を訪問した。

巨大な廃墟と化した“発電所跡”

 島に上陸して歩いてみると、思った以上に当時の痕跡が残っていることに気付いた。ひとしきりウサギを堪能したあと、最初に訪れた戦跡は発電所跡だった。ここでは重油を動力に8基のディーゼル発電機により発電し、軍需工場に電力を供給していた。  島内で最も大きな遺構で、見た目は完全に廃墟だ。朽ちて色あせたコンクリート。割れた窓枠にはガラス片が残っている。使われなくなってから70年以上も経った巨大な廃墟は、外観だけでも非常に見応えがある。  事前に立入許可をもらっていたので中にお邪魔すると、見た目以上の壮大さに驚かされた。外から見ると3階建てのように見えるが、内部は大きな一つの空間になっていて、天井がとても高い。機械類は全て撤去されているが、そのため、余計に広く感じる。  廃墟の魅力は、単なる構造物の造形や廃退美だけではない。廃墟を見ながら、建物が現役だった当時の姿や、そこにいたであろう人々の動きや心情を想像する時間こそ醍醐味だ。大久野島ではそれに加えて、戦争や毒ガスという特殊な背景が、我々の好奇心を刺激する。

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