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【書評】冷戦時代の実話を下敷きに女性諜報員たちの活躍を描く 『あの本は読まれているか』

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婦人公論.jp

◆冷戦時代の実話を下敷きに女性諜報員たちの活躍を描く 旧ソ連の詩人パステルナークの長編小説『ドクトル・ジバゴ』の出版をめぐっては、各国の諜報機関を巻き込んだ空前のドラマがあったことが知られている。同作は1958年にノーベル文学賞を受賞するが、作者はこれを辞退し、ソ連国内では長らく禁書扱いだった。 本書は実際にあったこの出来事を土台に、冷戦下の時代を逞しく生き抜いた女性たちの姿を描いたサスペンス小説だ。米ソ両国を行き来しつつ話は進む。 1957年、ソ連の人工衛星スプートニク1号の打ち上げ成功に衝撃を受けたアメリカは、敵国の弱体化を図る方策を練るなかで、ある文学作品に目を留める。本国版よりも早くイタリア語版が刊行された『ドクトル・ジバゴ』である。CIAにタイピストとして雇われ、やがて諜報員として活躍するイリーナが西側で進む物語の主役だ。秘密工作に関わるなかで、彼女は同じ諜報員のサリーと感情的に深く結ばれていく。 他方、パステルナークの愛人で版権管理者でもあったオリガという女性が、東側で進む物語の主役だ。この作品を守るため収容所での日々に耐えた彼女が、詩人に対して寄せる深い愛情と信頼は、収容所の尋問者への供述書という形式で描かれる。 国家に対する忠誠と人としての感情との間で揺れるオリガの心は、現実には出会うことのないイリーナの心と共振している。どのような体制の下でも、国家は人の感情を巧妙に利用し、逆らうものを追い詰めるのだ、といわんばかりに。 彼女らをとりまくCIAのタイピストたちが集合的な語り手として描かれるのもいい。自立して働く女たちを取り巻く理不尽は、冷戦期にすでに存在していたのである。 『あの本は読まれているか』 著◎ラーラ・プレスコット 訳◎吉澤康子 東京創元社 1700円

仲俣暁生

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