宝くじで当たった1等6億円が1年で半分に 何が起きた?ある高額当選者のアップダウン
日本では宝くじの大当たりを公表する当せん者はごく少ない。スポーツ振興くじtotoの「BIG」で1等6億円を当てた唱田照八(うただ・としや)さん=ペンネーム、現在は開運コンサルタント=に何が起きたか聞いた。(聞き手・大牟田透) 【写真】宝くじで1等6億円の当選金が振り込まれた通帳
1口300円のtoto 「BIG」を2008年9月に10口買って当たった。システムエンジニアだったが、直前に会社をクビになり、預金通帳の残高はもうわずか。リベンジの思いから、研究していた「開運の方位学」に従って、クビになる直前の出張先、福岡県久留米市まで東京から出向いて買ったものだった。 渋谷駅のtoto売り場で当せんが分かり、換金のため信用金庫に行くよう小声で教わった。照合結果を示すレシートには1等600,000,000円と印字されている。「0の数がおかしい」。すでに夕方で信用金庫は閉まっている。レシートをポケットの中で握りしめて、家に帰った。心が乱れ、ぐったり疲れた。 翌日、父と信用金庫へ行った。先方も当せん者が来たのは初めてのようで、お互いに勝手が分からない。口座開設を勧められたが、手が震えて字が書けず、使っている銀行口座に振り込んでもらうことにした。 10日後、振り込みがあったと銀行の支店長から電話があった。「通帳の数字だけでは実感がないので、本物を見せてくれないか」と頼んだ。半額の3億円なら、とのことで、銀行の応接室で3日後、1000万円の札束を30個、ピラミッド状に積んだものを見せてもらった。ラップで包まれた、てっぺんの束を手にして、ようやく少し実感が得られたが、同時に「紙切れに過ぎないんだな」とも思った。
株は紙くずになった
どうしていいかわからず、しばらく家に引きこもった。 1カ月ほどしてきょうだい分と合わせて親に1億円渡してから、「よし、使って使って使い倒すぞ」と街に出た。毎日バッグに2000万円ぐらい詰め込んで六本木に繰り出した。知り合った本物の富裕層にも食事をおごったら、そんな経験はなかったのか、「謎の金持ち」「変人」と驚かれた。 友だちを誘って、宿代、交通費は僕持ちであちこち旅行した。「友だちの友だち」も来て、50人ぐらいで北海道へ行ったこともある。 米ラスベガスではホテルに1億円預けてVIP待遇を受けた。2000万円もうけて家に帰ると父が「リーマン・ショックで株価が下がった今こそ買い時だ。ゼネラル・モーターズ(GM)が狙い目だ」という。要は金もうけのいい話を教えたんだから、自分にもう2000万円くれということだった。証券会社の担当者は「つぶれる可能性がある。米国株は絶対やめて」と言ったが、僕も初めての株投資で3000万円、合わせて5000万円分買った。GMは1カ月も経たずに経営破綻(はたん)し、株は紙くずになった。 自分は暴落していた二つの金融株も3000万円ずつ買った。こちらはじりじり値を戻してはいたが、手元の現金は1年で半分の3億円になった。そんな暮らしは続けられない。今までのような使い方はできないとなると、離れていく人もいっぱいいた。そういう金遣いをしていると僕も横柄な態度を取るようになっていて、それでお金がなくなればだれも相手にしない。家族から「お代わり」を求められ、断ったら角が立ったこともある。