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タリバン元最高指導者、米軍基地のすぐそばに潜伏していた 蘭記者が新著

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The Guardian

【記者:Emma Graham-Harrison】  アフガニスタンの旧支配勢力タリバンの元最高指導者、故ムラー・オマル師が長年、米軍基地の徒歩圏内に潜んでいたことが、オマル師に関する新著で分かった。これによると、米軍が潜伏先の住宅を捜索したが、オマル師が隠れていた部屋を見つけることはできなかったという。  オランダ人ジャーナリストで作家のベット・ダム氏著「Searching for an Enemy(敵を探して)」は、2001年9月11日の米同時多発攻撃後、オマル師に1000万ドル(約11億円)の懸賞金をかけていた米諜報(ちょうほう)機関の赤っ恥な失態を暴露している。同機関は、国際テロ組織アルカイダの創設者、故ウサマ・ビンラディン容疑者と同じように、オマル師も潜伏先のパキスタンで死亡したと何度も繰り返し主張していた。  また、新著では、これまでタリバンはオマル師が2013年に死亡したと主張していたが、実際にはその2年前の2011年に亡くなっており、最高指導者としての権限も2001年に移していたことも明らかになった。  オマル師の名で出された声明が世界中に出回っていたが、実際には家族の訪問を拒否し、創作文字でノートを埋め尽くし、時々米国の巡回警備から隠れるという、世捨て人のような生活を送っていた。  オマル師は夜になると、定期的に英国放送協会(BBC)のパシュトゥー語放送を聞いていたものの、ビンラディン容疑者の死を含め、漏れ聞こえてくる外の世界のニュースについて、コメントをすることはほとんどなかった。  著者のダム氏は2006年からアフガニスタンで取材を続け、新著の執筆に5年を費やした。著書は先月、オランダで出版された。  ジャッバール・オマリ氏は、タリバン政権下で州知事を務めていたが、2001年以降はオマル師の使用人兼ボディーガードのような存在になっていた。ダム氏は、オマル師の晩年について信頼できる情報を提供できるのはオマリ氏だけだと言われたという。  オマリ氏は、オマル師と同じホッタク人で、アフガニスタン南部ザブール州の出身だった。オマル師がナンバー2のムラー・オバイドラ師に実権を引き継ぎザブールに潜伏する際には、オマリ氏の人脈が大いに役立った。  オマル師は初めの4年間は、州都カラートの州知事宅のすぐ近くに潜伏していたが、米軍は後に域内の主要基地となるラグマン基地をこの付近に設置した。オマル師の妻たちはパキスタンに逃れた。オマリ氏はオマル師に息子の訪問を手配しようと提案したが拒否された。  潜伏先は、オマリ氏の元運転手で当時タクシー運転手をしていた男性の家だった。日干しれんが造りの小さな住宅で、中庭があり、高い塀に囲まれていた。オマル師はL字型の建物の角に隠し部屋を造り、入り口は食器棚のように見せかけた壁で隠した。  元運転手の家族に、客の素性が明かされることはなかった。タリバンの高官だということは明かされたが、誰かに話したら殺されると警告されていた。

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