人情は差別社会を生き延びるための道具―コルソン・ホワイトヘッド『ハーレム・シャッフル』永江 朗による書評
『地下鉄道』が話題になった著者。2016年発表の同作では、南部から北部へ逃れる黒人奴隷を描いたが、本作の舞台は1960年前後のニューヨーク市ハーレム。アフリカ系男性のカーニーを主人公にした痛快な犯罪小説である。 カーニーは100%の善人というわけではないが、大悪党というわけでもない。家具店を営む裏で、こっそり盗品の売買にかかわっている。それでも心では、妻と幼い子供のために、より善(よ)く平穏に生きたいと願っている。 そんなカーニーをじゃまするのが従弟(いとこ)のフレディ。ギャングからも追われるようなヤバい仕事に手を染めて、カーニーに助けを求めてくる。理性では断りたいのに、情がそれを許さない。義理と人情の板挟み。なんだか日本のヤクザ映画みたい。不本意ながら犯罪に引き込まれていく、その「ずるずる」感がたまらない。 背景として描き込まれているのは、人種差別と公民権運動の高まり。アフリカ系少年が白人警官に射殺され、ハーレムの街は抗議活動や警官隊との衝突で騒然とする。カーニーが嫌った親戚としての情は、差別社会を生き延びるための道具でもある。 [書き手] 永江 朗 フリーライター。 1958(昭和33)年、北海道生れ。法政大学文学部哲学科卒業。西武百貨店系洋書店勤務の後、『宝島』『別冊宝島』の編集に携わる。1993(平成5)年頃よりライター業に専念。「哲学からアダルトビデオまで」を標榜し、コラム、書評、インタビューなど幅広い分野で活躍中。著書に『そうだ、京都に住もう。』『「本が売れない」というけれど』『茶室がほしい。』『いい家は「細部」で決まる』(共著)などがある。 [書籍情報]『ハーレム・シャッフル』 著者:コルソン・ホワイトヘッド / 翻訳:藤井 光 / 出版社:早川書房 / 発売日:2023年11月21日 / ISBN:4152102861 毎日新聞 2024年1月20日掲載
永江 朗
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