「私たちがきれいにします」五感を駆使する新幹線”ドレッサー”の技
ホーム上で写真撮影する家族その姿を見て思うこと
車内の整備業務を見学した後、車両の先頭部分に向かった。先頭部分はところどころ茶色く汚れていた。高速走行中、虫や鳥がぶつかることがあるからだ。車両基地には大型の機械式洗浄機もあるが、新幹線の複雑な先頭形状はそれでは対応しきれず、最後は人手に頼らざるを得ないのだ。 2人1組のスタッフが先頭部分に水をかけて汚れを軽く流したあと、洗剤をかけた。この洗剤は動物性たんぱく質由来の汚れを落とすために開発され、機械式洗浄機で使われる洗剤とは成分が異なる。人間の背丈よりも長いブラシを器用に扱い、ごしごしと汚れを拭き取る。整備時間は10~15分。最後にもう一度水洗いすると先頭車両は新車のように輝いていた。 チーフの青木優駿さん(28歳)に話を聞いた。入社6年目。父親が鉄道会社の駅員で自分も鉄道にかかわる仕事をしたいと考えたのが、入社のきっかけだ。だが、最初は苦労の連続。 「長いブラシを思うように動かすことができませんでした」 先輩から何度も指導され、慣れない仕事で手にまめができることもしばしば。ペアを組む先輩の様子を毎日繰り返し見て研究した。 「体の重心をこう移せば、ブラシはこう動くんだと、徐々にこつがわかってきました。2~3カ月たって初めてほめられたときは、本当にうれしかったですね」 ブラシで取れない汚れはどうするのか。 「こすってだめならブラシで叩いて汚れを落とすこともあります。この仕事は〝きれいになりませんでした〟は許されないのです」 最も大変だった洗浄は何かと聞くと、「ドクターイエローです」と青木さんは即答した。 ドクターイエローは走行しながら線路や架線の状態を検査する〝新幹線のお医者さん〟。青木さんは半年に1回程度、洗浄を担当する。 「世間では〝見ると幸せになる〟と言われる車両ですが、汚れが落ちにくく磨くのが大変です」 筆者は後日、東京駅で偶然ドクターイエローに遭遇する機会があり、先頭部分をまじまじと観察したが、汚れは全くなく、ぴかぴかに輝いていた。「きれいになりませんでしたでは許されない」という青木さんの言葉を思い出した。 駅のホームで出発を待つ新幹線の前では、多くの家族連れがうれしそうに写真を撮る。青木さんは、そんな姿を見て、「新幹線をきれいにしているのは私たちだよ」と心の中でつぶやく。それがやりがいを感じる瞬間である。
大坂直樹