1年で20件以上も訴えられる編集長が証言台から見た「裁判官たちの素顔」
文芸春秋に入社して2018年に退社するまで40年間。『週刊文春』『文芸春秋』編集長を務め、週刊誌報道の一線に身を置いてきた筆者が語る「あの事件の舞台裏」。今では週刊誌が訴えられるのは珍しくはありませんが、私が初めて証言台に立った頃は名誉棄損で訴えられることは少なかった時代です。証言台から見た裁判官たちについて語ります。(元週刊文春編集長、岐阜女子大学副学長 木俣正剛) ● コクリコクリと 居眠りする裁判官たち 裁判官というと、みなさん、とても温厚で公正で、紳士的な人物像を想像していると思います。また、権力欲などとはほど遠い聖人君子が「判決を下す」という風に考えがちでしょう。そういう裁判官も大勢います。しかし、私が法廷で見た裁判官の姿は少し違いました。 もちろん、私は週刊誌の編集長。人の不幸をネタにして儲けるろくでもない人種であり、ある時期など1年で20件以上の訴訟を抱えるなど、普通の人からは考えられない経歴を持っていたので、裁判官も違う目で私を見たのかもしれません。 初めて法廷で証言台にたったのは「被告人」としてでした。ある百貨店が主催する古美術品の展覧会に出品されていた茶道具が「贋作だ」という記事を書き、百貨店側に訴えられたのです。 私は30歳前半。まだ週刊誌をめぐる名誉毀損裁判も少なかったころの話です。 型通りに宣誓して、証言台に立ちました。びっくりしたのは、証言を始めると、3人いる裁判官のうち1人が明らかに寝ていたことです。コクリコクリと。もう1人も、ほとんど目をつぶっていて、寝ているようにしか見えません。
「正しい記事を書いているのに、なぜ訴えるのか」と、まだ若い私は証言しました。訴える人間の会社内での立場や、こんなどうでもいい裁判に立ち会わされる裁判官の気持ちなど想像する余裕もなく、居眠りしている裁判官のことを顧問弁護士にグチりました。 弁護士いわく「そのために、速記をとっているんですから(笑い)」「あんまりカリカリしないで、裁判官の心証が大事です」「木俣さんは、アタマにくると早口になります。反対尋問(原告側、つまり百貨店側の弁護士から私に質問する時間)のときは、ゆっくりしゃべってください。時間は決まっていますから、ゆっくりしゃべれば、それだけ相手がイヤな質問を投げる時間が減ります」などなどを教えられました。しかし、やはり早口になってしまったらしく、顧問弁護士に後ろから、「ゆっくり、ゆっくり」といわれたことを思い出します。 この裁判、実は「贋作だ」と週刊文春に証言した古美術の専門家が、百貨店側の証人として出廷し、「本物だ」と証言する予想外の展開になりました。 ● 記事のニュースソースが 原告側の証人としてまさかの出廷 驚いたのは、裁判官たちが「専門家」という人たちが出廷したとたん、ものすごく信頼したことでした。「専門家」が出廷してから、明らかに法廷の空気が変わりました。専門家は文春にウソを言ったのか、法廷でウソをいっているのか――。彼がニュースソースとは明かせない文春側弁護人は、なんとか裁判官にそのことをわからせようと、いろいろな質問を浴びせます。 彼の週刊文春での証言を読み上げ、「この証言は、あなたもどこかで話したことがありませんか? 」と聞くと、「知らない」としらを切る専門家に、今度は「この発言をした人はこの法廷のどこかにいるはずなのですが、わかりませんか」と裁判官にも匂わせますが、裁判官はまったく気づきません。