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志村けんさん 超高級な“クルマ”が物語った居場所とステータス

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志村けんさんが新型コロナウイルス感染症に伴う肺炎で亡くなってから1か月が過ぎた。5月1日に遺作となったNHK朝ドラ『エール』に初登場し、その渋い演技を見て、改めて喪失感を感じたファンも多いだろう。 【画像】志村けんさんがこよなく愛した「酒と麻布十番と美女たち」 そんな志村さんは一度も結婚することがなかったが、若いタレントたちと浮名を流すことが多く、常に週刊誌の格好の的とされていた。志村さんと週刊誌のせめぎあいは幾度となくあったのだが、記者が一様に語っていたことがある。それは「志村さんがどこにいてもすぐわかる」ということだ。 我々記者が取材対象となる芸能人を探すとき、いちばんの目安になるのはその芸能人が使用しているクルマだ。事務所が用意した車やプライベートで乗り回しているマイカーなどがあるが、それらのクルマが停まっている近くには芸能人がいるハズ。そしてそこに必ず戻ってくるだろうから、スクープにつなげるために芸能人のクルマを把握しておくのは芸能記者の基本でもある。 また、彼らが使用するクルマが特徴的であればあるほど、記者にとっては見つけやすい。たとえば、生産台数が少ない超高級スポーツカーであったり、カスタムされたもの、あるいは市販車にはない特注色で塗装されていたり……とか。 志村さんの“愛車”もまさにこの条件に当てはまっていた。今から四半世紀ほど前のこと。志村さんはすでに人気絶頂のコメディアンとなっていて、週刊誌に追われることが多かった。 出没するエリアはほぼほぼ決まっていて、麻布十番や六本木界隈が多かったと記憶している。そしていつもその場所には志村さんの“愛車”が停まっていた。 クルマがあることで、志村さんが近所で飲んでいるのだとわかったのだ。彼が乗るクルマはアメ車のセダンだった。しかしただのセダンではない。全長は5m強まで拡大され、内部が応接室のようにカスタマイズされたストレッチリムジンだったのだ。 ハワイに行けば普通にタクシーとして使われていて、今でこそストレッチリムジンはそれほど珍しいクルマではなくなったが、当時は特別な人が乗るクルマというイメージが濃かった。映画では、マフィアのボスや大富豪がワイングラスを持ち葉巻をくわえながらシートにふんぞり返っているシーンが描かれたり、また国際映画祭を報じたニュースでは、スターがリムジンで会場に駆けつけたりするのを見たことがあるだろう。 ただ日本では住宅事情や道路事情を鑑みると、お金があってもそうやすやすと手を出せるクルマではない。結婚式やイベントで貸し出されるレンタカーはあっても、マイカーとして購入する人は限られている。 志村さんはそんなクルマで移動していたのだから、目立つのは当たり前だ。しかし逆に考えれば、堂々としていて、記者の目を逃れようなんてことは微塵も考えていなかったのだと思える。やはり大物だ。 高級車は成功した人間のシンボル、あるいはステータスの一つとして挙げられる。そのトップに位置するのはロールスロイスだと言う人は多い。そしてロールスロイスの中でも最高峰のグレードであるファントムシリーズだ。 ベーシックな車両で約5000万円。オプションを施したり、内装などを購入者の好みにカスタマイズしたりすると1億円近くになるという。 その昔、ファントムにまつわる都市伝説の一つに、ロールスロイス本社の厳しい審査を通らなければ購入することができないクルマというのがあった。つまりクルマが乗り手を選ぶのである。資産だけではなく氏素性までが審査基準になるということだった。 だからなのか、ファントムに乗っているのは世界でも王室や王族、大富豪という面々だったような気がする。真偽のほどは定かでないが、超が付く特別なクルマであることに異論を唱える者はいない。 実は志村さんがストレッチリムジンから乗り換えたのがこのファントムだった。親交の深かった千鳥・大悟の話では仕事を終えるとこのクルマに乗ってめちゃくちゃカッコいい洋楽を聞いていたそうだ。そして居酒屋の前に乗り付けていたという。 リムジン同様目立つことこの上ないが、彼が稀代のコメディアンというだけではなく、頂点を極めた成功者であることを、愛車が物語っていたのだった――。 文:佐々木博之(芸能ジャーナリスト) 宮城県仙台市出身。31歳の時にFRIDAYの取材記者になる。FRIDAY時代には数々のスクープを報じ、その後も週刊誌を中心に活躍。最近は、コメンテーターとしてもテレビやラジオに出演中

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