「ドクターイエロー」に変身、日立の営業列車 エヌビディアと提携
売上高の93%(24年4~9月期)を海外で稼ぐ「多国籍企業」となった日立レール。特にお膝元の英国では、圧倒的な存在だ。英国を走る日立製の車両は約350編成、約2000両に上る。 【関連画像】車輪の近くには振動を検知するセンサー(赤枠部分)が設置されており、不具合の有無を常時監視している ロンドン市内にある車両基地「ノースポールデポ」を訪れると、グレート・ウエスタン・レールウェイ(GWR)の車両がずらりと顔をそろえていた。我妻氏はその一つで足を止め、車輪を指さした。 その付近に組み込まれているのは、英南部サウサンプトン発のスタートアップ、パーペチュームが開発したセンサーである。車内の振動を検知し、台車やレールの不具合を突き止めることができる。日立レールはパーペチュームを20年に買収。同社製のセンサーを手に入れたことで車輪の寿命が延び、メンテナンスコストも下がった。 GWRでは1編成につき、こうしたセンサーが約2万5000種類も搭載されているという。それぞれのセンサーが記録した膨大なデータを、人工知能(AI)で解析し、デジタル上に描き出せば、遠隔監視が可能になる。点検が必要な箇所を、早期にあぶり出せるというわけだ。
エヌビディアとタッグ
日立レールはこの成果を生かし、デジタルを使った鉄道の保守サービスを、他の鉄道事業者に販売する方向へかじを切った。 それが24年9月に発表した「HMAX(エイチマックス)」というソリューション群だ。 タッグを組んだのは、米半導体大手のエヌビディア。処理速度が極めて速いエヌビディアのAIプラットフォームを用いることで、センサーやカメラが集めた情報を、車両の中でリアルタイムに解析してしまおうという試みだ。 HMAXを実装すれば、営業列車が日本の「ドクターイエロー」のような検査車両に変身する。ダイヤ通りに走りながら、列車や線路、架線などの異常を即座に特定できるようになるからだ。 日立レール車両部門最高技術責任者(CTO)の我妻浩二氏は「毎時間、健康診断するようなものだ」と説明する。 「鉄道のインフラは、人間の体でいう血管に当たる。血管の劣化って、我々もなかなか気づきにくいですよね。年に1回の健康診断では、手遅れなこともある。健康診断が毎時間できたら、救える命は多いはず。いつも測っているからこそ、いつもの状態でないことがすぐ分かる。未来を予測して早めの部品交換やメンテナンスを施すことで事故を防げる」 鉄道のインフラはそもそも、鉄道車両を走らせるためにつくられている。であれば、鉄道車両側から見たほうがさまざまな異変に気付きやすいという発想だ。車両に多種多様なセンサーを載せれば、あらゆるデータが入ってくる。例えば乗り心地が悪かった場合、それが車両側の問題なのか、軌道側の問題なのか、原因がたちまち浮かび上がってくるのだ。 HMAXの特徴は、欲しい機能だけを選んで搭載できる点にある。それはスマートフォンにアプリを入れていく感覚に近い。「HMAXとは、オールインワンのメディカルツール。(重点的に計測したいのは)インフラ系なのか、車両系なのか。まずはペインポイント(解決したい課題)から入って、どんどんスケールアップしていける」(我妻氏) 鉄道事業者側から見ても、ドクターイエローのように、専用の検査車両を造り維持するには莫大なコストがかかるが、営業車両に“後付け”するだけならば手軽だ。 HMAXは、既に欧州を走る2000編成8000両が導入。全般検査(オーバーホール)時の交換部品数を最大3割削減するなどの効果が上がっているといい、全世界で新規開拓を狙う。ジュゼッペ・マリノ最高経営責任者(CEO)はHMAXについて「今後5年間で、日立レール全体の収入の1割になるよう伸ばしていきたい」と意欲を燃やす。 保守、点検業務をデジタル化することで、人手不足を補う。日立レールは鉄道車両メーカーの域を超え、鉄道インフラそのものを支える企業として業界をリードし始めている。
酒井 大輔