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著者が初めて挑戦したリアル・フィクション|乃南アサさん『チーム・オベリベリ』

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本がすき。

直木賞作家の乃南アサさんはサスペンスやミステリー、社会派と幅広い作風で知られます。新作は「’08年ごろ、北海道帯広市でボロボロの蓑をまとって座っている男の写真を見て、強烈に引きつけられた」ことがすべての始まり。帯広開拓に人生を懸ける若者たちの圧巻の物語です。

調べれば調べるほど、帯広開拓に挑んだ者たちの闘志に引きつけられました

 乃南アサさんはミステリー、社会派小説からノンフィクションまで多様な作品を発表。上戸彩主演のドラマ『いつか陽のあたる場所で』、林遣都主演の映画『しゃぼん玉』など多くが映像化もされています。新作『チーム・オベリベリ』は、そんな乃南さんが北海道の十勝平野を開拓した晩成社の史実をもとに編んだ、初のリアル・フィクション小説です。  元上田藩士の娘・鈴木カネは横浜にある共立女学校で先進教育を受け、父や兄・銃太郎に倣い、聖書をはじめ勉学に勤しんでいました。ある事情から教会を辞めさせられた牧師の銃太郎は、伊豆の素封家・依田家の三男・勉三、神学校時代の同級生の渡辺勝と北海道開拓を計画。3人は依田家の資金を後ろ盾に株式会社晩成社を設立、十勝原野の開墾に着手します。明治15年、共立女学校を卒業したカネは、23歳で渡辺と結婚しアイヌの人々がオベリベリと呼ぶ帯広に行くことを決意。しかし、作づけしてもバッタの大群や霜にやられ、病いと貧困は続き…… 「’10年に『地のはてから』という知床開拓移民の小説を出したのですが、そのとき、北海道内を歩きまわって開拓民とアイヌの人々の関わりを取材したんです。その取材でアイヌの専門家である学芸員の方がいらっしゃる帯広百年記念館を訪れ、館内を見せていただきました。そこで偶然見たのが、晩成社のパネル展示だったんです。そこにはボロボロの蓑をまとって座り込んでいる、目力の強い男の写真がありました。青雲の志で北海道に渡ったけれど挫折に次ぐ挫折を経験し、ものすごい苦労をしたのが伝わる強烈な写真でした。それが帯広開拓の第1号、依田勉三。興味が湧きました」  学芸員は、乃南さんに「内地からなんにもないところにやってきて、高学歴で家柄も立派なのに鍬一本で開墾しようとした、無謀で妙ちくりんな連中」と説明します。 「でも、彼らが素晴らしかったのは銃太郎や渡辺、カネらがキリスト教徒でアイヌの人々を差別せず、彼らに慕われたこと。だからアイヌの人の知恵を借りて生き延びることができた、と学芸員の方から聞き『その話、ほかの人にしないでください。私が小説に書きますから』って言っていました(笑)」  ほかの小説を執筆していたため、すぐに着手できなかった乃南さんですが、晩成社のことは調べ続けていました。 「動き始めたのは5~6年前。調べれば調べるほど彼らに引きつけられました。依田は不屈の闘志を持ったヒーローとして祭り上げられたりしているのですが、実際は亜麻、豚や羊、牛肉、バターと思いつくたびにあれこれ手を出しては失敗ばかりで、晩成社は彼1人でできたわけではありません。依田の地に足がついていないところをほかの男たちが支えていた。その3人を公平に見ていられるのが信仰心も使命感も捨てなかったカネ。それで一本筋の通っているカネを座標軸に据えました。彼女には、見習おうにも見習えないすごいものがあったと思っています」  物語は、晩成社が十勝内陸部を開拓した最初の5年間を描いています。 「彼らがアイヌの人々と良好な関係を築いたことや、私たちが彼らの孫でありひ孫であることも忘れたくないと思っています。600ページを超える厚さですが、おじけづかずに楽しみながらお読みいただき最後に何か残ればうれしいです」  明治維新という時代の変化を受け入れ、それまでの生活を捨てて新しい生き方を求めた若者たち。明日が見えない点ではコロナ共生時代の今も同じだからこそ読みたい一冊。カネがとにかく素敵です。

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