【マイルCS】ナミュールが悲願のマイル女王に 急遽乗り替わりの藤岡康太騎手が最高の結果へと導く!
第40回マイルCS回顧
「私たちの本当の力を見せるんだから!」――パドックで自身の単勝オッズを見た際、もしかしたらナミュールは静かに闘志を燃やしていたのかもしれない。 【100万円ガチ予想】秋のマイル王決定戦「マイルCS」をガチ予想!『キャプテン渡辺の自腹で目指せ100万円!』冨田有紀&虎石晃 前哨戦となる富士Sを制して迎えたマイルCSの舞台。出走16頭はすべて重賞勝ち馬ながら、いわゆる核になる馬が不在で混戦模様が漂っていた今年のメンバーの中でナミュールは人気上位5頭の一角を占めていた。 レース前日のオッズを見ると、ナミュールは単勝9.5倍の5番人気。すでにマイルGⅠを制しているシュネルマイスター、セリフォスらが人気上位を占める中で彼女も勝ち切るチャンスがあるとされていた。 その証拠に彼女に続く6番人気馬レッドモンレーヴのオッズは23.6倍と大きく離されていた。 混戦模様ながら、勝つのはこの5頭のどれか――ファンはそう感じていたことだろう。しかしレース当日の午前中、ナミュールの鞍上を務める予定だったライアン・ムーアがアクシデントに見舞われた。 この日の2レース目に騎乗したムーアはスタート直後に落馬。歩いて検査に向かうなど大事には至らなかったが、この事故で背中を痛めてしまったムーアは以降の騎乗をすべて取り止め。当然ナミュールの鞍上も替わることになり、初コンビとなる藤岡康太が代打に選ばれた。 “世界No.1の騎手”と称されるムーアからの乗り替わりは大きなマイナスと思われたのか、藤岡康太が乗ることになるとナミュールの人気は急落。 10倍を切っていたオッズはあっという間に跳ね上がり、5番人気のままだったとはいえ最終的には単勝17.3倍。優勝圏内から脱落したようにさえ思われた。 毎年コンスタントに50勝前後を挙げる実力派の騎手でありながら、不思議とビッグタイトルにはあまり縁がなかった藤岡康太。最後にGⅠ勝利を挙げたのは14年前の2009年。 ジョーカプチーノで逃げ切って勝利したのが自身の初GⅠ制覇となったが、次のGⅠ勝利にはなかなか恵まれずにこの日、代打を任された。 そしてナミュールもまた、大舞台になるとあと一歩が届かない馬でもあった。振り返れば2歳のころ、デビューから2連勝で迎えた阪神JFは伸びきれずに4着。 チューリップ賞を勝利して挑んだ桜花賞でも出遅れが災いしてまさかの10着大敗。いずれも1番人気を裏切ってしまった。 その後、距離が長いと思われたオークス3着、ひと夏を越えて迎えた秋華賞は2着、古馬相手のエリザベス女王杯でも5着と奮闘。 あと一歩のところまで迫りながらも4歳になったナミュールはヴィクトリアマイル7着、安田記念16着とまたも大敗続き。 GⅠ以外のレースでは[4・1・0・0]ながら、GⅠでは[0・1・1・5]。勝負弱いという印象をぬぐえず、マイルCSでも人気が急落するのは致し方ないとさえ思われた。 だが、そんな中でナミュールは燃えていた。「“私たち”の実力は、こんなものじゃない!」と言わんばかりに。 ゲートが開くとナミュールはやや後ろからのスタートになったが、急遽タッグを組んだ藤岡康太は無理に前に付けようとせず、後ろから動くことに。 気が付けば、ナミュールと藤岡康太は後ろから2頭目、1番人気のシュネルマイスターに近い位置取りにまで下げていた。 バスラットレオン、セルバーグらが先手を争ったことで前半の3ハロンが34秒3という淀みない流れになる中でもナミュールはまだ後ろの位置に付けたまま。 好走するときは上がり3ハロン33秒台を記録するほど切れる末脚を持つ馬だけに、この馬の持ち味をフルに生かそうという藤岡康太の考えが伝わってくる位置取りだが…… 急遽の初コンビとなったこの人馬がどこまでできるかは未知数のまま。馬券を買っていたファンは不安に駆られたことだろう。 そうして馬群は、最後の直線に入っていった。 直線を向いた瞬間、ナミュールの前には道が2つあった。内を突くか、それとも外へ回すか。内を突けば最短距離で走れるが詰まったらアウト。 外へ回せばのびのびと走れるかもしれないがロスが大きくて届かないかもしれない――究極の選択を迫られた中で、藤岡康太は外を選んだ。 それはナミュールの末脚への信頼が現れた瞬間だった。確かに初めて乗る馬ではあるが、レース後のインタビューでは「レース映像を見て、(前走騎乗した)モレイラからもアドバイスをもらった」と語っていたように彼女の魅力を引き出すにはどうしたらいいのかは十分わかっていたように思える。それゆえの外への進路取りだったのだろう。 その判断が正しかったことは十数秒後、明らかになる。 昨年とは異なり、早めに動いて押し切ろうとする前年王者セリフォスと内から伸びてきたソウルラッシュが先頭を争い、その真ん中からジャスティンカフェが伸びてくるという混戦模様になった最後の直線、ナミュールは外側にいるレッドモンレーヴ、前にいたエルトンバローズをはねのけて進路を確保すると、そこからはまるで矢のような追い込みで前を追い詰める。 藤岡康太の左鞭に応えるように1頭、また1頭と交わしていき、残り100mを切ったところでナミュールは前にいたソウルラッシュらを捕らえ、クビ差前に出たところでゴール。GⅠ挑戦8回目にして悲願のタイトル奪取、藤岡にとっても14年ぶりとなるGⅠ制覇を成し遂げることになった。 突然の乗り替わりに対応して、最高の結果へと導いた藤岡康太は「追い出してからはすごくいい反応で、僕がコース取りを間違えなければ突き抜けてくれると思いました」とパートナーのナミュールの実力を信じて乗っていたことを語り、ナミュールもそんな鞍上の想いに応える走りでマイル女王の座に就いた。 急遽の乗り替わりの中に見えた強い絆――この人馬は今後、どんなキャリアを歩むのだろうか。 ■文/福嶌弘