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車いす「押す」んじゃなくて「引く」んです 長野の会社が器具開発、災害時の避難に一役

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47NEWS

 車いすを「押す」のではなく「引く」ものに―。長野県箕輪町の福祉用具会社「JINRIKI」が、車いすを人力車のように引っ張る棒状の器具を開発した。商品名は会社と同じで「JINRIKI」。押す場合に比べて段差や悪路も楽に移動でき、災害時の避難や足場の悪い場所での観光などに一役買う。「自分の命や、いろいろな場所に行くことを諦めてほしくない」と同社の中村正善社長(62)が考案した。一見単純に見えるが、開発の裏には、誰も目を付けてこなかった着眼点と試行錯誤があった。(共同通信=遠矢直樹)  ▽車いすの「限界」  元々金融システム関係の会社員だった中村さんは、仕事で同県松本市に滞在した際、市内の観光地・上高地で、車いすの利用者がバス乗り場から数百㍍のところまでしか行けない様子をたまたま目撃。「憤りを感じた」といい、どうにかして楽しむ方法はないのか考えるようになった。  中村さんの弟が小児まひのため車いすで生活しており、野原や公園で遊べないなどの苦労を幼少期から近くで見てきたからだ。

 車いすは通常、段差を越える際、後部を支点に前輪を浮かさなければならないが、かなりの力が必要。女性や子どもでは難しい場合があり、津波で高台に避難する際などに本人と家族双方が逃げ遅れる恐れもある。  「前輪を最初から浮かせば楽に動けるのではないか」と思い、同様の発想の特許などを探したが、見当たらなかった。  ▽「これがあれば生きられる」  2011年3月11日の東日本大震災をきっかけに思いを強くし、翌月、会社を退職。開発に本格的に取りかかった。物作りについては「素人」だった中村さん。最初の試作品はビニールハウスのパイプを曲げて作った簡素な物だった。その後も試行錯誤を続けたが、メーカーごとに仕様が異なる車いすへの汎用性や、強い力が加わっても外れない安全性、着脱の簡便さを確保するのが難航し、開発は思うように進まなかった。  くじけそうになったとき、背中を押してくれたのは、車いすを使う当事者の声だった。12年に三重県で実施された避難訓練に試作品を持っていったときのこと。参加していた車いすの男性が「あなたは私たち家族の命の恩人だ」と中村さんの手を強く握った。「そんな大げさな」と思ったが、男性は「津波が来て家族に『逃げろ』と言っても、きっと私を置いては逃げない。これがあれば、みんなと生きられる」と続けた。

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