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カープOB 新井貴浩が語るあのレジェンド左腕との思い出(前編)

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広島アスリートマガジン

 今年カープが球団創立70周年を迎えたことを記念し、新井貴浩氏にカープファンだった幼少期も含め、カープにまつわる思い出を語ってもらう本連載。今回は少年時代から見続けてきた、カープのレジェンド左腕との思い出を語り尽くしてもらった。 【写真】大野豊が語る最強スラッガーとの対峙「あの人と目線があった瞬間に、足の震えが止まらなくなった」 ◆カープファンにとって大野さんは身近に感じる存在  今回挙げたテーマは大野豊さんの引退試合での勇姿です。当時僕は大学4年生でしたが、テレビでこの様子を見させていただいていました。相手は横浜ベイスターズ(現DeNA)で、引退試合ということもあり大野さんは打者1人のみ登板されていました。驚いたのはその初球です。当時43歳の大野さんが投じたストレートはなんと146キロを計測したんです。あれを見ていた僕は「なんで大野さん引退するんだ! まだまだ現役で投げられるじゃん!」と本気で思ったのは忘れられないですね。  あと、大野さんに関してはもう1つ忘れられない名場面があります。それは1991年にカープがリーグ優勝を決めたシーンです。当時絶対的な守護神だった大野さんは最終回、三者連続三振、最後の一球はスライダーで決めてガッツポーズ。中学3年だった僕はリアルタイムでテレビを見ていましたが、最高に興奮しましたし、大野さんは最高にカッコ良かったです。  大野さんは小さな頃からずっと見続けてきた選手でしたが、少年時代はあの独特の投球フォームを真似していました。おそらく当時の広島の少年、カープファンの少年たちはみんな大野さんの真似を1回はしたことがあると思います。僕も含めて周りの友達もみんなそうでしたから(笑)。僕は右投げですが、右投げのままで「大野豊じゃ!」なんて言いながら、あの投球フォームを真似していましたよね。あの深く沈み込む独特なフォームは、少年たちからすればカッコ良く見えて、注目を集めていたと思います。  カープファンにとって大野さんの存在って、なぜか身近に感じる存在なんです。それはやはり、大野さんの人柄がそう思わせるのかもしれません。絶対に偉ぶらないですし、謙虚で、周囲に対しても気さくに声をかけてくれる方です。昔のプロ野球選手って、どこか近寄りがたい雰囲気があるものですが、大野さんはそうではないんですよ。  僕は大野さんが引退した翌年にカープに入団したので、一緒にプレーしたことはありません。大野さんとの出会いは入団1年目、当時大野さんは一軍投手コーチでした。大野さんとは共通の知人の方と仲が良かったということもあり、初対面から「キミが新井か、頑張れよ!」と話しかけてくれたんです。僕としては入団したてということもあって「あの大野豊が自分に声をかけてくれた!」という感覚で、『大野コーチ』ではなく、完全にカープファン目線での『大野豊』でしたね(笑)。 (後編に続く)

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