巨大エンタメ企業に潜んでいた“死角”――ソニーのKADOKAWA買収は外資牽制の一手になるか
韓国カカオが実質的な筆頭株主に
数土氏がまず指摘したのが、KADOKAWAのここ数年の株主構成の推移だ。 日本では電子書店ピッコマの親会社として知られる韓国IT大手カカオが、ここ数年KADOKAWAの株式を買い増しており、通常は年金基金や投資信託、保険会社などの資金を運用することが目的で経営権に関与しない信託系を除いて、24年4月には実質的な筆頭株主(11.37%)となっていた。これは、ドワンゴの創業者である川上量生氏(5.00%)や、22年まで会長を務めていた角川歴彦氏(23年3月まで2.06%)も大きく上回っている。 そもそもマンガやラノベなどに強みを持つ大手出版3社(集英社・小学館・講談社)は株式を公開していない。KADOKAWAは、創業家の兄、角川春樹氏との対立があった歴彦氏のメディアワークス立ち上げやその後の角川書店への復帰などの経緯から、株式公開による「近代化」を進めてきたが、ここに来てそれが材料となった形だ。 「2014年のドワンゴとKADOKAWAの経営統合の際、ドワンゴ株式の価値が膨らみ、創業者の川上氏が大株主になりました。川上氏はそれからの約10年間、少しずつ持ち株を売却していった結果、統合後のKADOKAWAには安定した大株主が不在となってしまい、ビジネス上の協力関係にあるサイバーエージェント(2.10%)やソニーグループ(2.10%)などに株式の保有を呼び掛けた経緯があります」(数土氏) 数土氏は、円安とサイバー攻撃の影響によって、KADOKAWA株が相対的に他社から狙われやすい状態になっていると述べた。カカオによる一層の買い増しが表面化したことで、KADOKAWA側の警戒感が高まり、ソニーGによる買収協議がはじまった可能性もある。
KADOKAWA買収の「うまみ」は出版機能
ネット上では、KADOKAWAの展開するアニメやゲーム事業が、仮にソニーによる買収が実現した場合、どのような影響を受けるのか気になる、という声も多くあがった。ただ、実はこの点は買収の際の大きな論点ではない、と数土氏は分析する。 「ソニーグループは売上13兆円を超える巨大企業です。KADOKAWAのアニメやゲームといったそれぞれ数百億円規模の事業は、是が非でも傘下にと考えているとは思いにくいです。彼らにとって最も魅力的な事業は、資本があったとしても新たに立ち上げるのが困難な『出版』事業と見るべきでしょう」(数土氏) 現在、世界的にも家庭用ゲーム市場は冷え込んでおり、各社は大型の投資を控えている。ソニーも10月に2つの傘下スタジオの閉鎖を発表したばかりだ。アニメについては北米配信大手のクランチーロールを21年に買収しているが、すでにKADOKAWAが権利を持つ作品もクランチロールで多数展開されており、それを目当てとした買収というのも考えにくい。 一方、電撃文庫に象徴される国内随一のラノベ・小説出版事業は、多種多様な原作IPの生産力や中国テンセントと協力しての海外展開、デジタル流通など、ソニーと言えども一朝一夕には獲得できない資源だ。「KADOKAWAは出版を超越した『メディアミックスカンパニー』を掲げていたこともありましたが、今回の買収を巡る動きは、やはり彼らの強みは出版だったということを浮き彫りにした感があります」(数土氏) 川上氏が近年力を入れる教育事業(N高・ZEN大学等)や、祖業であるCGM「ニコニコ動画」はどうか。ソニー吉田CEOが経営方針として掲げる「人に近づく=ユーザーに近づくDirect to Consumer(DTC)サービスとクリエイターに近づくコンテンツIPの強化」との親和性は高そうだが、数土氏はこちらも買収を目指すのであれば主眼にはないのではないかという。 「ソニーは近年、金融・保険事業の切り離しによる株式価値の向上を迫られる場面もありました。そんな彼らが新たに非中核事業となる教育やコンシューマーメディアを積極的に抱え込むことは望まないでしょう」(数土氏)。企業文化が大きく異なる両社が完全に統合されるということも考えにくく、仮に買収が成立したあともグループ内企業として一定の独自性を保ちながら運営されることになる、と見るのが妥当だ。