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武田鉄矢のバックでも「このままじゃダメだ」 独自レーベル「ランティス」なんと名づけ親は…

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NIKKEI STYLE

《連載》仕事人秘録 バンダイナムコアーツ 副社長 井上俊次氏(13)

市場規模が膨らんだ「アニメソング(アニソン)」ビジネスの立役者の一人がバンダイナムコアーツの井上俊次副社長です。1970年代にロックバンド「レイジー」で一世を風靡しました。井上氏の「仕事人秘録」の第13回では、アニメ音楽に本腰を入れ始めた時期を思い起こします。 【写真でふりかえる】レイジーのあゆみ

ネバーランドの活動が行き詰まり、音楽活動に転機が迫っていた。

ネバーランドが解散する前年の1989年。武田鉄矢さんのライブのバックバンドに参加しました。楽曲の演奏だけでなく、朗読劇では風や波の音をキーボードで表現する特殊効果のような演奏もやりました。公演は年間130本くらい。ギャランティーも良かった。しかも、ネバーランド全員で武田さんの地方公演を追いかけ、現地で自分たちのライブも開いてしまう。一石二鳥ですね。 バックバンドの仕事に不満はありませんでした。それでも公演を重ねると、次第に危機感が募りました。武田さんに依存した音楽活動でいいのか。武田さんがコンサートを開かなかったら、どうなってしまうのか。(海援隊のヒット曲の)「思えば遠くへ来たもんだ」を弾きながら感傷に浸ってしまって「このままじゃダメだ!」と。

90年にネバーランドは解散。企業のPR映像の音楽やイベントのBGM作曲などで音楽活動を続けた。

夜更け過ぎに電話が鳴り、「今からスタジオに来てよ」。アニメ「サイコアーマーゴーバリアン」の仕事で知り合ったディレクターでした。駆けつけると、後に「新世紀エヴァンゲリオン」の主題歌「残酷な天使のテーゼ」で人気を博す高橋洋子さんがいました。デモレコーディングにピアノ奏者で飛び入り参加しました。 その後、「漫画のイメージソングを作ってみない?」。そのディレクターから人気漫画「サイレントメビウス」のイメージソング作りに誘われました。漫画のシーンや登場人物をイメージして音楽を作ります。作曲はよっちゃん(音楽プロデューサーの野村義男氏)。ぼくは編曲で参加しました。

サイレントメビウスとの出会いで、音楽活動の中心がサウンドプロデューサーに移っていく。

「ぼくに作らせてください」。サイレントメビウスでイメージソングのアルバムを作ると耳にし、作家の麻宮騎亜先生のところへ飛んでいきました。自分なら良い作品が作れる自信があったのです。答えは「いいよー」。これが初めてプロデューサーになった瞬間です。先生の「いいよー」がなければ裏方になっていなかったかもしれません。 その頃はレコード会社のシックスティミュージックネットワークのオフィスを間借りするような形で仕事をしていました。サイレントメビウスのCDを発売するため新レーベルを立ち上げることになりましたが、ピンと来るレーベル名が浮かばない。麻宮先生を訪ねました。 「ランティスがいいな」 由来は、ギリシャの古典に登場する神秘的な夢の大陸「アトランティス」。後に創業するアニメ音楽を中心としたレコード会社「ランティス」の名付け親は、麻宮先生だったのです。 [日経産業新聞 2018年8月6日付]

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