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[インタビュー]「明日の朝、北側に電話したら、何事もなかったように出てほしい」

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ハンギョレ新聞

パク・ジンウォン開城南北共同連絡事務所南側事務処長

 「14日の朝には北側に電話をかけてみるつもりです。北側の代表者が誰でもいいから、何事もなかったように『電話に出ました』と答えてくれることを心から願っています」。  開城(ケソン)南北共同連絡事務所(以下共同連絡事務所)のパク・ジンウォン南側事務処長(54)は13日、フェイスブックにこのように書いた。今月14日は、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と金正恩(キム・ジョンウン)国務委員長の「4・27板門店宣言」に基づき、共同連絡事務所が開所してからちょうど2年になる日だ。  かつて共同連絡事務所があった場所は現在「真っ黒な爆燃とコンクリートの山」の廃墟だ。北朝鮮が6月16日午後2時50分、一部脱北者団体の北朝鮮へのビラ散布などを問題視し、共同連絡事務所の建物を爆破したためだ。  しかし、建物が崩れ落ちたからといって、そこで働いていた南北の人々までもが崩れ落ちたわけではない。2018年9月14日の開所当時から、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を理由に、また会うことを約束して撤退した2020年1月30日までの504日間、同じ建物で喜怒哀楽を共にしてきた人々は今もそこに戻る日を待ちわびている。  パク・ジンウォン処長は「皆上気した顔で南北の未来を祝福し、励ましの言葉を交わした2年前のその日の気持ちに戻って、また(仕事を)始められたらどんなにいいでしょうか」と、悲しくなるほど澄み切った秋空に吹く風に“切実な願い”を込めていた。  共同連絡事務所は南北が「歴史的な板門店宣言に従い、当局間協議を緊密にし、(民間を含む)交流と協力を円満に保障するために構成・運営に合意」(「南北共同連絡事務所構成・運営に関する合意書」前文)し、南北の当局者が一つの建物で共に働いた、分断70年史上初の快挙だった。パク処長は2017年5月10日、文在寅政権発足とともに、大統領府国家安保室で先任行政官を勤めたのち、2019年7月末から共同連絡事務所の南側事務処長に就任した。 4・27宣言で2年前の今日開所  新型コロナで撤退するまで504日間  南北当局者が同じ建物で喜怒哀楽を共に  北朝鮮、対北朝鮮ビラ散布を問題視し、6月に爆破    「鉄道・道路の着工など少なからぬ成果  深夜の対話も独自の強み」  4階建ての共同連絡事務所の建物は、パク処長の記憶には「窓が多く、日当たりの良い建物」として残っている。朝早く事務所から車で5分の距離にある宿舎を出て建物のロビーに入ると、南北の人々は挨拶を交わしてから、南側は2階、北側は4階のオフィスにそれぞれ足を運んだ。南北の職員たちは共同連絡事務所の建物で共に働いた504日間、「雪が降っても雨が降っても一日も欠かさず1日2回の『連絡代表協議』を開いた」(月~金の勤務日基準)。激務に苦しみ、それぞれ2、3階の踊り場に出てタバコを吸っていたという。「南北の煙が合わさるのを見て、妙な感動を覚えた」と、パク処長は振り返った。  パク処長は開城に赴任してから間もない2019年8月、開城の宿舎の隣の空き地に事務所の職員たちと共に白菜畑を作った。「南側の苗を北側の畑に植えたから、統一白菜とでも言うべきもの」だった。昨年の初冬、その「統一白菜」でキムチを漬け込んだ。「大事に食べようと数カ所の冷蔵庫に入れておいたのに、全部食べる前に事務所を後にした」と話しながら、彼は深いため息をついた。パク処長が開城に赴任してすぐ白菜畑を耕したのには、理由があった。「南北関係も結局は人間関係ではないですか。心を交わすことが風に揺れることのない丈夫な根になると信じています」。  開城で北側の職員たちと共に過ごした504日、パク処長は「長くはない時間だったが、多くのことがあり、少なからぬ成果も成し遂げた」と語った。「山林・保健医療・鉄道道路・体育会談のような大小の会議が開かれ、鉄道道路連結着工式や開城の満月台(高麗王宮跡)遺跡の共同発掘のようなことを開城で南北が共に進め」、絡み合った糸をほどいて“共同作品”を作り出した。共同連絡事務所の独歩的な強みは「緊急時は深夜にも北側の宿舎を訪れて、眠っている人を起こして対話できる」ことだった。「共同連絡事務所だからこそ可能なことだった」と、パク処長は感慨に浸って語った。  パク処長からすると、2020年は朝鮮半島に住む誰にとっても「本当に大変な年」だ。COVID-19と9カ月間も死闘を繰り広げ、疲れきっているのに、長い梅雨に台風まで襲ったためだ。「共同連絡事務所が健在だったら、以前のように朝夕膝を突き合わせてこの厳しい時期を南北が共に乗り切れる方法を相談できるのに…。もどかしさが募るばかりです」  「暑くなる季節の前に戻れるだろう」と思って事務所を後にしたものの、断絶の時間が延びているが、パク処長は「希望の糸」を手放すつもりはない。 「連絡事務所の建物が崩れる直前、(最後の)電話会談を終え、北側の代表の言った『新型コロナに気をつけてください』という挨拶」がまだ耳に残っている。14日の朝、パク処長が北側に電話をかけたら、「パク先生、無事ですね」という返事が豪快な笑いとともに返ってくることを願う。 イ・ジェフン先任記者(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

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