新庄 耕『地面師たち アノニマス』を吉田大助さんが読む(レビュー)
沼る、とはこの作品のことを言う
新庄耕の同名小説を、大根(おおね)仁(ひとし)監督が見事に脚色したNetflixのドラマ『地面師たち』が大ヒット中だ。七月の配信のタイミングで刊行された『地面師たち ファイナル・ベッツ』は、『地面師たち』で描かれた五反田の不動産詐欺事件の後、大物地面師・ハリソン山中が新たに組んだチームの暗躍(舞台は釧路! )を綴る続編だったが、このたびいきなり文庫として刊行された『地面師たち アノニマス』は、前日譚。『地面師たち』に登場したキャラクターたちの知られざる過去にフォーカスする、スピンオフ短編集となっている。 語義矛盾と知りつつ表現するならば本書は、読むオーディオブックだ。カギカッコのセリフを目にするたびに、ドラマの俳優たちの声が脳内でありありと再生される。法律屋の後藤を主人公にした「ランチビール」では、ピエール瀧のエセ関西弁が。なりすまし役のキャスティングを担当する手配師・麗子が主人公の「天賦の仮面」では、異様に強気でツンツンした小池栄子の声が。二人の短編にはハリソン山中から地面師にスカウトされる場面があるが、そこではハリソン山中を演じた豊川悦司の低音ボイスが聞こえてくる。 そのような現象が起こる理由は、小説家がキャラクターたちの言動をドラマ寄りにチューニングしているからだ。不動産情報に精通し、詐欺プランを提案する図面師の竹下が主人公の短編「ルイビトン」は、彼が放つこんな絶叫から始まる。〈「ルイビトンっ!」〉。これはもちろん、ドラマの第三話で竹下役の北村一輝が発したドラマオリジナルのセリフだ。そのセリフから、全く新しい物語が生み出された。小説家がドラマを愛しリスペクトしている証(あかし)だ。 ドラマがきっかけで原作小説を読み、小説とドラマの違いを知ることで、もう一度ドラマを観たくなったという人が大挙出現している。『地面師たち アノニマス』を読めば必ず、またドラマが観たくなるし、原作小説を読み直したくなる。沼る、とはこの作品のことを言うのだ。 吉田大助 よしだ・だいすけ●ライター [レビュアー]吉田大助(ライター) 1977年、埼玉県生まれ。「小説新潮」「野性時代」「STORY BOX」「ダ・ヴィンチ」「CREA」「週刊SPA!」など、雑誌メディアを中心に、書評や作家インタビュー、対談構成等を行う。森見氏の新刊インタビューを担当したことも多数。構成を務めた本に、指原莉乃『逆転力』などがある。 協力:集英社 青春と読書 Book Bang編集部 新潮社
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