荒れ果てた空き家に「もう、むちゃくちゃ。ひどいありさまです」と話す近藤さん＝佐世保市今福町

　容赦なく照りつける真夏の日差し。猛暑の中、玄関の戸を開けると蒸せるような熱気と獣臭が漂った。積み重なった布団は、野生動物の格好の寝床となって、ふんと尿にまみれている。家族が食卓を囲んだ部屋も、野生動物に荒らされ見る影もない。 　「もうむちゃくちゃ。ひどいありさまです」 　港が一望できる佐世保市今福町の高台にある空き家。所有者の近藤慎次郎さん（７５）＝が、あきれた様子で家の中を案内してくれた。 　全国的に増え続けている空き家。市建築指導課によると、市内でも４９００戸に上る。１人で空き家になった実家の解体に取り組んでいる近藤さんのことを聞き、作業現場に同行した。 ■　思い出話も 　空き家があるのは車が横付けできない斜面地。急な坂と約７０段の階段を上るとすでに汗だく。近藤さんが水のペットボトルを渡してくれた。 　草木で覆われた家の壁は土壁がむき出し、床は至る所が抜け落ちている。台所やリビングの戸棚は、野生動物が食べ物を探したのか鍋や食器が散乱し足の踏み場もない。「母が料理が苦手だったので、姉が料理や弁当を作ってくれていた」「みんな仲が良くにぎやかに食事をしていた」。変わり果てた部屋を見ながらも、思い出話は尽きない。 　「縁側から港を眺めながら、父がよく本を読んでいました」と懐かしそうに話す。そんな父親の嘉助さんの書斎は、レコードや夏目漱石、芥川龍之介など著名な作家の書籍が数百冊以上並んでいるが、天井は雨漏りの影響でぬれ、本の題名が判読できないものもある。 ■　膨大なごみ 　家は父親の嘉助さんが７５年前、知人から購入。家族６人で暮らした。嘉助さんは２７年前に亡くなり、母親の徳子さんが一人で暮らしていたが、けがをして家を離れ、２４年前から空き家となった。徳子さんも９年前に亡くなり、近藤さんが相続した。荒れ放題の実家の惨状に、このまま放置すると「息子や孫にまで迷惑を掛ける」と今年５月下旬、市に助成金を申請し、実家の整理を始めた。 　陶磁器の販売で全国を飛び回る中、空いた時間を利用して実家に向かう。手作りの荷台に膨大な量のごみを乗せては坂を下り車に積み込む。いつの間にか運んだごみの総量は１トンを超えていた。 ■　進む人口減 　斜面地にある今福町一帯は、人口減少や高齢化が急速に進んでいる。隣町にある市立光海中は、近藤さんが通っていたころは約千人の生徒がいたが、現在は約５０人にまで減少した。「あそこも、あそこもです」。近藤さんが指さした先にはいくつも空き家が。近藤さんの他にも、近くで５戸が解体予定だという。 　空き家の大変さを知り、自宅を売却し、現在は賃貸マンションに妻と娘の３人で暮らす。解体作業は１０月ごろには終わり、更地になる予定だ。しかし、車が通らない土地が簡単に売れるとは思えない。「更地にしても、税金だけ払い続けんばいかん」。気がかりなのは“負の遺産”が子や孫に引き継がれることだ。 　それでも「放置するわけにはいかない」。近藤さんは流れ落ちる汗をぬぐった。