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黒沢清監督のベネチア銀獅子賞受賞は当然の結果!国際的人気を振り返り

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シネマトゥデイ

 第77回ベネチア国際映画祭で『スパイの妻』が銀獅子賞(監督賞)に輝き、一躍、時の人となった感のある黒沢清監督。しかしこれまでの海外での受賞歴を考えれば、今回の栄誉には「当然」「遅すぎたくらい」という声も多い。黒沢監督が国際的でどこまで評価され、愛されてきたのかを改めて振り返る。 【動画】ベネチア映画祭銀獅子賞受賞!『スパイの妻』予告編  今回のベネチアにおいて、日本人監督の同賞獲得は第60回に『座頭市』で受賞した北野武監督以来。海外の映画監督に「最も影響を受けた日本の映画監督は?」と尋ねると、圧倒的に多く出てくる答えが「クロサワ」である。これはもちろん黒澤明監督を意味しているのだが、近年は「クロサワ。でもアキラじゃなくてキヨシの方」と語る監督も増えている。この傾向はますます加速するに違いない。

 日本での知名度という点で、映画ファンならともかく、一般の映画観客にとって黒沢清監督の作品はややなじみが薄いかもしれない。代表作を聞かれても即答できる人は少ないだろう。同じように海外で評価される是枝裕和監督の場合は、『そして父になる』(2013)、『万引き家族』(2018)など大ヒットした話題作もあるので一般への浸透度は高い。しかし、常に高いレベルの作品を撮り続けることで、海外での評価を確固としたものにしてきた流れは、黒沢監督のキャリアにもぴたりと当てはまる。  黒沢監督が初めて海外で注目されたのは、1997年の『CURE キュア』。マインドコントロールを使って猟奇殺人を続ける男と、事件を追う刑事。異様なキャラクター設定と、じわじわ高まる緊張感が、これまでの日本映画におけるサイコサスペンスとはまったく別種の恐怖をもたらした。フランスで最も権威のある日刊紙、ル・モンドの映画評論家、ジャン=ミシェル・フロドンがこの『CURE キュア』を東京国際映画祭で観て大絶賛の記事を執筆。そこから黒沢監督に、世界的な注目がそそがれることになる。折しも、日本映画では1995年の『女優霊』をきっかけに、『リング』『らせん』(共に1998)といったホラー作品のヒットが相次ぎ、「J(ジャパニーズ)ホラー」として海外でもブームを作り始めていた。その流れも後押しして、ホラーのテイストも備えた『CURE キュア』、および黒沢清の名前が広まったとも考えられる。

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