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佐賀に住むたった一人のベナン人 たけし日本語学校で決めた夢 「日本人みたいなベナン人を育てたい」

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「佐賀県にベナン人が住んでいる」。そんなYouTubeを見て、衝撃を受けました。なぜこんなところに……、なぜベナン人が……。調べてみると、佐賀県に住んでいるたった一人のベナン人でした。ドラゴンボールがきっかけで知った日本。人生を決めることになった有名人ゾマホンさんとの出会い。あこがれの日本と現実とのギャップに悩みながら、夢に向かって進むベナン人青年の道のりを聞きました。(withnews編集部・松川希実) 【画像】ベナン人学生の夕食、30分鍋で混ぜて……「それが自炊!?」「となりの外国人」の人生の景色

「何もない」のすごさ

西アフリカにある故郷ベナン共和国から、フランス経由でおよそ3日がかり。 2019年4月、佐賀県の空港に、シンデテ・マティロ・ジョゼさん(26)は降り立ちました。 空港の周りは、どこまでも続く干潟の海と田んぼ。ジョゼさんは驚きました。 ベナンに住む日本人からは言われていました、「佐賀は何にもないよ」と。 でも、ジョゼさんが目を見張ったのは「何もない」ことではありませんでした。田んぼの中に続く、歪みのない、真っすぐな舗装道路。 故郷のベナンは、経済発展を続ける一方で、都市部と農村部にはまだ大きな格差がありました。道路がない村もたくさんあります。 「『何もない』のレベルが違う。どうやって『ちゃんと』道を作ることができたのか」 佐賀県に暮らすただ1人のベナン人(2020年1月現在)、ジョゼさんの長い「問い」が始まりました。

貧困の連鎖の中

ベナンって、そもそもどこ? 日本で知っている人は多くないかもしれません。 でもジョゼさんによると、ベナン人にとっても、日本は同じような存在だったと言います。 「小さい頃は、私は日本を知りませんでした。日本という国があるのは知っていても、中国とは見分けがつきませんでした」 ベナンには46の部族があります。「違う民族は、言語も違って、会話もできないくらい」で、公用語はフランス語です。 ジョゼさん一家はフゥラ族。漁が得意な海の民族でした。 ジョゼさんは、ベナンのことや、自分のルーツについて、とても楽しそうに話してくれます。 「ベナンで一番数が多いフォン族と戦ったとき、賢いフゥラ族の舟渡しがフォン族を船に乗せて川に落としました。だからいまだに、フォン族と結婚したいフゥラ族は、家族に反対されてキツイです」 ジョゼさんは、ベナンのコトヌーという都市で生まれ育ちました。首都ではないけれど、経済や産業の中心地。ジョゼさん一家は、フゥラ族の先祖が移住したコトヌーの一角に今も暮らしています。そこは町の中でも荒れた「スラムのような場所」になっていました。 貧しい家庭が多く、家族を養うのに精一杯。だから子どもは学校に通い続けることができず、結果、良い仕事にも就けない。そんな貧困の連鎖の中で生きる人たちが多くいました。 ベナンでは、15歳から24歳の識字率が、男性で64%、女性で41%(ユニセフ)と高くありません。教育を受けるにはお金がかかります。地方では学校がない場所もあります。生まれた家の状況で、大きな格差が生まれるといます。 でも、ジョゼさんの家は、地区の周りの家とは少し違っていました。父も母も教師。父はほかにも港湾での仕事、母は看護師や貿易商をしながら、子どもたちの教育に投資しようとしていました。 父は厳しい人でした。宿題をしないと叱られ、遊泳禁止の海に入っては叱られ……。 でも、父と一緒にテレビを見る時間が好きでした。ニュースを見ながら、父はジョゼさんに世の中のことをいろいろ話してくれました。 その中でジョゼさんは、いつか自分の目で世界を見たい、「留学しよう」と決めました。ジョゼさんはまだ7~8歳だったそうです。 ジョゼさんは欧米に憧れていましたが、父はアフリカを搾取した歴史がある欧米は好きではありませんでした。「欧米以外なら、どこの国に行ってもいいよ」と言われたそうです。

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