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再ブレイク 広瀬香美27年前の秘話…落ちこぼれ音大生が「ロマンスの神様」で“冬の女王”になるまで

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文春オンライン

 ミュージシャンの広瀬香美が昨年12月、YouTubeの個人チャンネルで“YouTuberデビュー”を果たした。以来、フリートークをはじめ、発声法や歌唱法についてレクチャーする「Music Lesson」、さらにほかのアーティストの楽曲を弾き語りする「歌ってみた」シリーズなど、さまざまな配信を行なっている。チャンネル登録者数は現時点で24万人を超える。 【写真】「ロマンスの神様」「幸せをつかみたい」…懐かしい!広瀬香美の写真を見る(全5枚)

じつは……“冬のない”ロサンゼルスで作曲していた

 広瀬香美といえば、90年代に「冬の女王」と呼ばれていたのを思い出す人も多いだろう。1993年にスキー用品店のCMソングに使われた「ロマンスの神様」が大ヒットすると、その後も「幸せをつかみたい」(1994年)、「ゲレンデがとけるほど恋したい」(1995年)、「真冬の帰り道」(1997年)と毎年のようにウィンターソングをヒットさせ、そう呼ばれるようになった。  じつはこれらの曲を広瀬がつくったのは、1年中温暖な米西海岸のロサンゼルスだった。しかもウィンタースポーツも全然しない彼女にとって、冬の曲をつくるのは大変だったようだ。後年、《今でこそ、ネットで冬の映像を見てイメージを湧かせながら作ることができますが、それができなかった当時は、部屋中に雪の写真集を広げたり、冬が舞台の映画を観たり、クーラーをつけて寒さを体感したりしながら曲を書いていたのです》と明かしている(※1)。  他方で、ロサンゼルスに住んでいて、夏のほうが身近だからこそ冬が特別な季節に感じられるともいう。いわく《ロマンティックな感じであったり、夏にはないクローズな感じがセクシーだし、恋愛が発展するんだろうなーっていう密着感とか。そのキラキラ輝いているような感じが冬にしかないなと思っています》(※2)。身近でないがゆえ、かえって想像がふくらみ、ドラマティックな曲がつくれるということだろう。

国立音大では「最下位だった」

 広瀬は「ロマンスの神様」の前年、1992年にアルバム『Bingo!』でデビュー、同年には1stシングル「愛があれば大丈夫」がスマッシュヒットする。その歌唱力は当初より評判が高かったが、そもそも彼女は最初から歌手志望だったわけではない。

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