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アンジェリーナ・ジョリー独占インタビュー。「私たちは、戦争の終結も苦しむ人への援助も十分にできていない」

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VOGUE JAPAN

映画人として順風満帆な人生を送るアンジェリーナ・ジョリーだが、彼女がその生涯で最も貴重な教訓を得たのは、難民支援活動の場だという。UNHCRでの活動や、難民との出会いをきっかけとした母としての心境の変化について話を聞いた。

俳優としてフィルムメーカーとして、アンジェリーナ・ジョリーは誰もがうらやむ環境に育った。ハリウッドの有名俳優ジョン・ヴォイトを父に、女優の故ミシェリーヌ・ベルトランを母に持つアンジェリーナは、著名なリー・ストラスバーグ演劇学校で演技を学んだのち、『17歳のカルテ』(1999年)でブレイクのきっかけをつかみ、本作で2000年のアカデミー助演女優賞を受賞。その後もクリント・イーストウッド監督の『チェンジリング』(2008年)をはじめとする多くの話題作で主役を務めてきた。さらに2011年には、ボスニア紛争をテーマとした『最愛の大地』で監督デビューも果たした。超一流のスタッフを起用したこの作品では、紛争が起きたバルカン半島出身の俳優を数多くキャスティングし、製作や脚本の内容についても彼らの協力を仰いだ。 こうして45歳になる今まで、アンジェリーナが恵まれた映画人としての人生を送ってきたことは間違いない。しかし、彼女がその生涯で最も貴重な教訓を得たのは、難民支援活動の場だった。

「私は彼らに教えを請う立場だった」

アンジェリーナは難民との関わりについてこう語る。 「私は難民から、家族の大切さ、苦境から立ち直る強さ、人間としての誇り、そして生きる力について、言葉では言い表せないほどたくさんのことを学びました。私はむしろ、彼らに教えを請う立場でした」 6人の子どもを持つ母親でもあるジョリーは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)と20年近くにわたりパートナーシップを築いてきた。UNHCRの親善大使として関わったのち、その献身的な取り組みが評価されて2012年には特使に任命されている。 ジョリーが最初に赴いたのは、1991年から2002年まで続いた内戦がようやく終結に向かおうとしていたシエラレオネだった。以来、シリア難民の子どもが暮らすレバノンや、330万人の国内避難民が危機的な状況に置かれたイラクのクルディスタン地域などを訪れ、世界に難民たちの苦境を訴えてきた。さらに最近では、ミャンマーから逃れてきた人々が難民キャンプで暮らすタイ北部、そして最近では400万人のベエズエラ人が難民生活を送るコロンビアを訪問している。 UNHCRの特使が果たす役割は多岐にわたる。中でも、多くの避難民が発生する原因となる深刻な危機に対して、世の中の関心を喚起することは重要な任務だ。ジョリーはこれに加えて、外交レベルでUNHCR、および、そのトップである国連難民高等弁務官を代表する活動もしている。 「今では、UNHCRの仲間たちの協力を得ながら、難民の人権や安全な環境の確保、強制帰還の阻止、さらによりよい学習機会の実現などに取り組んでいます。戦争や迫害の脅威から逃れてきた人たち、権利を侵害された人たちを助けることが、保護機関としてのUNHCRの務めです」

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