身に覚えのない「79万7484円の詐欺・窃盗」の疑いで“自衛官の退職金”が「差止め」? 裁判所が下した「判断」とは
刑法上の「詐欺罪」「窃盗罪」とは「別モノ」?
指宿弁護士は、そもそも刑法上の「詐欺」「窃盗」に該当する事実が認められないと指摘する。 指宿弁護士:「行政処分であっても、犯罪事実があったとして不利益処分を課する場合には、『罪刑法定主義(※)』が適用されるべきだ。 刑法に定める『詐欺罪』『窃盗罪』に該当する事実の有無が判断されなければならないはずだ」 ※罪刑法定主義:犯罪に該当する行為の内容と、その行為に科される刑罰を、法律で明確に規定しておかなければならないとする原則 刑法は「詐欺罪」と「窃盗罪」について以下の通り規定している。 【刑法246条(詐欺)】 1項:人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。 2項:前項の方法により、財産上不法の利益を得、または他人にこれを得させた者も、同項と同様とする。 【刑法235条(窃盗)】 他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役または50万円以下の罰金に処する。 A氏の行為はこれらの犯罪に該当するか。以下、判決書から原告の主張を引用する。いずれも、A氏の行為は、その真偽を吟味する以前に、そもそも「詐欺罪」「窃盗罪」の対象となりえないというものである。 (詐欺について) 「『財物』または『財産上の不法の利益』という客体の特定がなく、原告自身は超過した喫食をしておらず、原告と喫食した第三者との間に特別な事情は存在しないから、原告または第三者が『財物』または『財産上の不法の利益』を得たとはいえない」 (窃盗について) 「いつ、どこで、誰の、どの財物を対象としているのかという客体の特定がなく、原告自身は超過した喫食をしておらず、原告または第三者に『財物の占有を移転した』とはいえない」 なお、詐欺罪・窃盗罪の主観的な成立要件である「故意」についても、原告は「故意がなく、故意を立証する証拠もない」と主張している。 故意の有無はともかく、退職手当等の「支払い差止め」処分の理由とされた行為が刑法上の「詐欺罪」にも「窃盗罪」にも該当しないことは、条文の規定から明らかといわざるを得ない。 裁判所は、「支払い差止め処分」の理由とされた「詐欺(刑法246条)または窃盗(同235条)等にあたりうる行為」が、刑法上の「詐欺罪(刑法246条)または窃盗罪(刑法235条)に該当する行為」とは別のものだと判断したことになる(【図表2】参照)。