「わりきり報道」で一番損害を被るのは国民 ── 水島宏明氏に聞く(5完)
これまで歴代の与党幹部にはメディアの役割を尊重する姿勢があり、多少批判的に報道された場合にもいちいち目くじらを立てないという「暗黙の了解」がありました。 政府に政府の役割があるように、メディアにも政府などの権力機関をチェックするのが役割であり、そこはお互い線引きする、というような関係だったのです。ところが安倍政権でそれが一変して「細かい点にまで目くじらを立てる」ことになりました。 過去にはテレビ朝日の椿問題もあって、政治とテレビはいつも微妙な力関係にあります。1993年、総選挙で自民党が過半数割れし、非自民の細川政権が誕生しました。非自民政権誕生後に当時のテレビ朝日の椿貞良・取締役報道局長が局内で「反自民の連立政権の樹立を手助けしようではないか」という方針を下したと外での会議で発言して大きな政治問題になりました。 椿氏は国会に証人喚問され、当時の監督官庁である郵政省(現在の総務省)はテレビ朝日に放送免許の更新にあたって「政治的公平性」に細心の注意を払うよう条件をつけました。 政治家たちも官僚たちも何かきっかけさえあればテレビ局の放送内容にもっと介入しようとチャンスを虎視眈々と狙っている気配です。 とりわけ安倍首相、菅官房長官という政権中枢の2人の政治家は各テレビ局にとっては恐怖の対象で経営者たちは心底怖がっています。安倍―菅ラインは2006年9月~2007年8月までの第1次安倍政権でも政府が番組内容にもっと介入できるような「放送法改正」をやろうとしました。 「安倍、菅は何をやるか分からない人たちだ」とあるテレビ局の経営者から当時、聞いたことがあります。この時は新聞協会が反対し、参議院では野党が多いねじれ国会だったこともあり、実現しませんでしたが、現在の政治やメディアの状況は当時とまったく違います。 自民党が出した要望書については、これがテレビ局に対する「威嚇」つまり「脅し」であることはどのテレビ局の関係者もよく理解しています。 本当はこうした「脅し」があってはならないことも分かっている人が少なくありません。でも現在のテレビ局と政権との力関係では真っ向から反対することができません。本来は新聞協会とか日本民間放送連盟などのマスコミ業界を挙げて反対すべきことがらです。でも現在はそれができません。「公平中立、公正」という一見もっともに見える要望なので、今回も大勝しそうな自民党に真っ向から立ち向かうという選択肢はテレビ局の側にはありません。もし、反対したら、さらにどんなペナルティが待っているか分からないからです。