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巨人パーラの「サメダンス」誕生秘話。 戦力外→世界一球団の中心選手になった

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巨人の新外国人、ヘラルド・パーラはチーム、そして球界に元気を与える方法を知っている。 オリックスのジョーンズが誇る1本のバント。監督も絶賛した判断と献身性  昨シーズン、パーラはワシントン・ナショナルズの一員としてポストシーズンを戦い、球団創設初のワールドチャンピオンに輝いた。ワイルドカードを含むポストシーズン全17試合のうち、パーラが打席に立ったのはわずか7回。ワールドシリーズに限っては代打として4打席立ち、1安打、1四球、1得点と平凡な成績に終わっている。  数字だけを見れば、決して貢献度が高いとはいえないが、チームにとってパーラは欠くことのできない存在となり、ワールドシリーズ制覇の原動力となった。  パーラがナショナルズにもたらしたのは、走攻守の戦力としてはもちろん、ムードメーカーとしてのチームの勢いだった。  昨年の開幕当初、パーラはサンフランシスコ・ジャイアンツのユニフォームに袖を通していた。しかし、4月の月間打率は1割9分8厘と低調で、戦力外となってしまった。  その後、パーラは低迷していたナショナルズと契約する。初出場した5月10日(現地時間)のドジャース戦でナショナルズは0-5と完封負けを喫し、ナ・リーグ東地区の4位。同23日にはメッツに敗れ、借金は12にまで膨れ上がった。プレーオフ進出どころか、ワイルドカードさえ危うい状況だった。

ところが6月19日のフィリーズ戦、パーラが下したある決断からチームの快進撃が始まる。  その決断とは、打席に向かう際の登場曲の変更だ。曲を変更すること自体、珍しいことではない。事実、パーラは11年のキャリアで20回も変えている。ただ、今回はこれまでとはまったく違うジャンルから選出されたのだった。  それまではラテン系の人気曲『Contra La Pared』を使っていたが、この日からアメリカ全土で子どもたちに大人気だった『Baby Shark(ベイビー・シャーク)』に変えた。その理由をパーラが語る。 「その日の朝、娘たちが『パパ、"ベイビー・シャーク"が聴きたい』と言ってきたんです。それでスマホを取り出して流すと、娘たちは3時間ぐらいずっと踊っていました。その後、球場に着いてから、なんとなく打席に向かう時のテーマ曲を変えようかと思いついたんです。でも、その時は"ベイビー・シャーク"にするなんて考えてもいなかった。  ところが、スマホを出すと"ベイビー・シャーク"が流れてきて、違う曲を探そうとしたんだけど、また同じ曲......そんなのが3回ほど繰り返されて、『じゃあ"ベイビー・シャーク"にしよう』と決めたんです。『この曲にしてほしい』と球団の担当者に伝えると『本当か?』と驚いていました。もちろん、チームメイトも(笑)。ところが、スタンドを見たら子どもたちは大喜びで、すごく新鮮な気持ちになりました。あの曲にして大正解でした」

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