<私の恩人>内田裕也、親友ジョン・レノンが俺の原点
1975年、彼が『ロックン・ロール』というアルバムをレコーディングしたんだよ。ロックンロールの名曲、自分が少年の頃の影響を受けた『スタンド・バイ・ミー』なんかをカバーしたアルバムだったんだけど、実は、このアルバムの批評がよくなかったんだよな。これには、怒ってたね。「批評家は何も分かってない。俺はこの音楽からスタートして、今の曲を作れるようになったんだ」って。 そのレコーディングに俺も行ってたんだけど、驚いたよなぁ…。収録してる曲、メジャーなものから入り組んだものまで、全部、俺も歌えるんだよ。向こうはイギリス、俺は日本。だけど、衝撃を受けた曲が同じなんだよ。もちろん、ジェネレーションが同じというのもあるけど、そこで改めて縁を感じたよね。 しょっちゅう3人で飲みに出て行っては、俺だけベロベロになってた…。ただ、ジョン・レノンも店で飲んで暴れて、出入り禁止になってる店もあるんだって。あのジョン・レノンが出入り禁止になるんだから、相当暴れたんだろうな(笑)。品行方正なイメージがあるかもしれないけど、その話を聞いて、俺はうれしくなっちゃって!やっぱりロックンローラーってのはスゲエなと。だから、より一層思うんだけど、ケンカもできねぇようなヤツに、ロックンローラーなんて言ってほしくないよな。…ま、ニューミュージックのヤツなんかは口はうまいんだけどな(笑)。 俺が彼から影響を受けた最大のことは、やっぱりロックンロールは素晴らしいってことだよ。俺がいろいろなところで「ロックンロール!!」って言ってるのは、彼が志半ばで逝ったから。それも、もちろんあるよ。…もっと大事に付き合いたかったっていうのも、正直、ある。まさか、ああいうことになるとは思わなかったからね。
ジョンが俺にいろいろなものをくれてたんだよ。シャツとか、描いてくれた絵とか。もちろん、粗末にしてたわけじゃないんだけど、いきなりあんな最期が来るなんて、思ってもないからさ、俺も酔っぱらっちゃうと自分が好きな人間に、それをプレゼントしてたわけよ。 ただ、つい先月、娘の也哉子から電話があったんだよな。1つ残ってたんだよ。ジョンが書いた本に、「for Yuya from John」ってサインがしてあるのがあって「それだけは自分が隠しておいた」って言いやがるんだよ。いや、ま、よく隠してくれてたもんだよ(笑)。彼はサインも滅多にしないし、そういうことをしなかったんだよね。ありがたいよな…。切ないけど、今となっちゃ、俺の中の超お宝だよ。ま、別に「なんでも鑑定団」には持っていかねぇけど(笑)。 ■内田裕也(うちだ・ゆうや) 1939年11月17日生まれ。兵庫県西宮市出身。本名・内田雄也(読みは同じ)。高校中退後、57年に音楽の道へ。数々のバンドを渡り歩き、59年には日劇ウエスタンカーニバルに初出演。66年には尾藤イサオらと「ビートルズ」来日公演でオープニングアクトを務める。73年、女優・悠木千帆(現・樹木希林)と結婚。映画「十階のモスキート」「コミック雑誌なんかいらない!」「魚からダイオキシン」などに主演し、俳優としても存在感を示す。娘の内田也哉子は95年に俳優・本木雅弘と結婚。吉本興業が主体となって開催中の「京都国際映画祭」(19日まで)内の企画として「内田裕也 ロックンロールムービー2DAYS」が行われている。 ■中西正男(なかにし・まさお) 1974年、大阪府生まれ。大学卒業後、デイリースポーツ社に入社。大阪報道部で芸能担当記者となり、演芸、宝塚歌劇団などを取材。2012年9月に同社を退社後、株式会社KOZOクリエイターズに所属し、芸能ジャーナリストに転身。現在、関西の人気番組「おはよう朝日です」などに出演中。