『鎌倉殿の13人』菅田将暉の義経が純粋過ぎるがゆえに切ない 見事な源平の兄弟の対比
『鎌倉殿の13人』(NHK総合)第18回「壇ノ浦で舞った男」。源平合戦は苛烈さを増す。平宗盛(小泉孝太郎)率いる平家軍は必死の抵抗をみせる。源頼朝(大泉洋)は義経(菅田将暉)に四国、範頼(迫田考也)に九州を攻めさせ、逃げ道をふさぎにかかった。 【写真】義経(菅田将暉)の新たな一面を際立たせた小泉孝太郎の演技 第18回は戦場と戦を終えた後では見え方が異なる義経の姿に、胸がつまる回となった。義経は嵐の中で舟を出し、平家軍に奇襲をかけた。嵐の中、義経の手勢だけで出陣することを決めたとき、そして壇ノ浦の戦いで勝つために、舟のこぎ手を狙うという策を梶原景時(中村獅童)に打ち明けたとき、義経の目は輝いていた。死と隣り合わせの戦場で、義経の表情はこれまで以上に爛々としている。 「こぎ手を射殺せ~!」と命じた義経は自身の軍勢がこぎ手を射殺すことに消極的だと見るやいなや、ためらいもなく味方に矢を向けた。義経が初めて登場した第8回で、なんの屈託もなく猟師を射殺したときのようにヒヤリとする。一連の言動を菅田将暉がイキイキとした顔つきでやってのけるところだけを切り取ると、義経は狂気的な人物に映ることだろう。だが、彼が狂気的に映るのは、その純粋さゆえ。舟から舟へと軽やかに飛び移り、次々と平家軍を倒していく姿は圧巻だが、義経は平家に勝つこと、兄上に喜んでもらうことだけを目標にまっすぐ突き進んでいるだけだ。 そんな義経が戦いを終え、北条義時(小栗旬)と言葉を交わしたとき、戦場とは異なる義経の姿がそこにあった。「勝たねば意味がない。これまで討ち死にした者の命が無駄になる」と語った義経は、戦で亡くなった義時の兄・宗時(片岡愛之助)について義時に「無駄にならずに済んだぞ」と言った。このときの菅田のさらりとした口調には、義経がごく当たり前にそう思っているのだと感じさせる自然さがあった。 そして義経は「死んだこぎ手は丁重に葬ってやれ」と義時に命じる。これまでは、勝つためなら手段を選ばないという義経の気質が前に出ていたために気づけなかったが、義経は決して戦で命を落とした兵たちをなおざりにしていたわけではなかったし、他人の死を軽んじているわけでもない。彼はただただ、戦のためだけに生まれてきた男なのだ。「この先、私は誰と戦えばよいのか」と口にしたとき、義経はいまにも泣き出しそうな、一方で笑い出しそうにも見える、そんな複雑な表情を浮かべていた。返り血を浴びたその顔が、純粋無垢な子どものようにも見えた。戦いが終わったことで居場所を失った、そんな空虚さが菅田の佇まいから漂う。「私は戦場でしか役に立たぬ」と言って義経はその場を立ち去った。 戦いの後、宗盛との対話と懐かしい人との再会で義経の情の深さがうかがえる。死罪が決まっている宗盛は、息子・清宗(島田裕仁)を案じ、体だけでも親子そろって埋めてほしいと義経に頼んだ。罪人同士で話すことが許されない中、義経は京へ戻る前に宗盛が清宗と面会できる場を設け、「今夜は親子でゆっくりと語り合うがいい」と穏やかな口調で言った。宗盛との数々の対話の中で、義経は兄・頼朝のような冷酷さを見せることは一度もなかった。それどころか、書くのが苦手な義経のために筆を執る提案をした宗盛に、素直に願い求める顔を見せている。義経一行が相模で世話になった藤平太(大津尋葵)との再会では、「お~、懐かしい顔だ!」と嬉しそうな声をあげ、民衆と語らいながら芋の煮物を美味しそうに頬張る。民と語らう義経の姿を見て、義時は微笑んでいた。 義経と民衆の間にあった和気あいあいとした雰囲気を、力で坂東武者たちをまとめあげた頼朝は持ち合わせていない。義経の力を恐れるあまり、頼朝は義経を遠ざけてしまった。義時の必死の説得も、頼朝の耳にはもう届かないだろう。家のため兄のため純粋に突き進んできた義経が悲劇の武将となることが切ない。 なお、第18回は小泉孝太郎演じる宗盛の、敗北を喫した後の穏やかな佇まいもまた印象深かった。壇ノ浦で「もはや、これまで」と口にした小泉の表情はやるせなさに満ちていたが、全てが終わった後、小泉の立ち居振る舞いからは、自身の死罪も含め、全ての事象を受け入れる心の落ち着きが感じられた。小泉の演技は、義経の今まで見えてこなかった情の深い一面をひときわよく感じさせていたように思う。
片山香帆