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読書の愉しみが共感力を育ててくれる/作家・馳星周

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マイナビニュース

小説家としての馳星周さんの基盤をつくったのは、幼少の頃から積み重ねてきた膨大な読書体験だ。読書に親しむことでどんな力が育まれるのか、また今の出版界で憂えていることはなにか。本をめぐる状況を自由に語ってもらうとともに、コロナ下における社会状況についても透徹した作家のまなざしがとらえた見解を聞いた。 【写真】直木賞受賞作『少年と犬』 〝本離れ〟により出版文化が崩壊する ――作家として豊富な読書体験が糧になっていると思いますが、これまでどんな本を読んでこられましたか。 一番古い記憶は、絵本の『さるかに合戦』が大好きで、親に繰り返し読み聞かせをねだったこと。あれも一種の復讐劇で、いま思えば結構エグい話ですからノワール作家としての僕の原点かもしれません(笑)。小学生の頃に夢中になったのは江戸川乱歩の少年探偵団シリーズやファーブル昆虫記、ドリトル先生シリーズなど。学校の図書室にあるその手の本をかたっぱしから借りて読みふけりました。中学、高校では小松左京や筒井康隆といった日本のSF作家にハマリ、なかでも平井和正の狼男シリーズは大好きでしたね。狼男シリーズのあとがきで海外の冒険小説を知り、そこからハードボイルド、ノワールと読書ジャンルが広がっていきました。 ――今は本を読まない子が増えていると言われますが。 僕が若かりし頃から「今の若者は本を読まない」と言われていたので、これはテンプレみたいなもの。むしろ現代の問題は、大人がまったく本を読まなくなっていることでしょう。いくら我が子に「読め読め」と言っても、親に読書習慣がないのに子どもが本好きになるわけがありません。本離れは出版文化の崩壊にもつながる大問題です。 ――出版文化の崩壊とは、どういうことでしょうか。 本当の読書好きや作家のファンは新刊を待ちかねて購入する、いわば出版業界におカネを落としてくれるお客さまです。ところが昨今は、賞を獲って話題になった本でもたいていは図書館で借りようとする。『少年と犬』にしても受賞後、知り合いが「いま図書館で400人待ちだって!」と驚いていましたが、だったら買ってくれよと(笑)。いくらがんばってもこんな風に買ってまでは読まない状況が続くと、出版社も苦しくなるし、おカネのないところには才能も集まりません。昔はなかなか芽が出なくても編集者が発表の場を与え、根気よく若手を育てていましたが、今はそんな余力すら望めません。そして最初の1、2冊で結果が出なければ次の注文は来ない。この構図により出版文化は危機に瀕しています。 想像力は共感力。〝ウイズコロナ〟の今こそ必要 ――では逆に本の効能、読書に親しむといいことはなんでしょうか。 想像力の涵養につきますね。今の日本人に想像力が欠けているのは、小説を読まないことも一因かと思います。想像力とは共感する力です。いまコロナ禍による息苦しさのあまり弱い者に対していっせいに牙を剥く社会になっていますが、それは相手の立場を想像し、共感する力がどんどん失われているせいでもあると思っています。共感力を養うためにもっとも手軽に、誰にもできるのが本に親しむこと。ぜひ気づいてほしいですね。 ――なるほど。ところで馳さんはこのコロナ禍をどう見ていますか。 厳しく言えば人間界の自業自得です。消費に狂奔する経済活動の「過剰な波」が、これまでアジアのどこかでひっそりと眠っていたウイルスを人間界に引き込んでしまった。そもそも経済が永遠に成長するなんてありえないから、いずれどこかで行き詰まるとみんなわかっていたはずです。新しいシステムをなにか考えなきゃ、でもまだいいかと保留しているうちにコロナがやってきた。 一方でコロナの影響として、先進国の経済活動により破壊されてしまった自然環境が明らかに回復したというデータもあります。この星は人類だけが生きているわけじゃない。植物も動物も欠かせないものとして、もう少し他の種に対する共感や思いやりを持たなければ、人類そのものも立ち行かなくなってしまう。 不謹慎かもしれないけど、僕はコロナってスマートフォンだと思うんです。スマホが出る前と後では世界のありようが大きく変わりました。現代小説にしたってスマホ抜きの描写はもはや成り立ちません。元の世界に戻るのを願うのではなく、コロナを契機として新しいビジョンを描き、そこに向かっていければいいなと思います。 大好きなものと出会えば、人生は豊かになる ――これから書いてみたいテーマはありますか。 プロの作家としてその時その時に、自分で書きたいと思ったもの、編集者からのアイデアで面白いなと思ったものに柔軟にチャレンジしていきます。コロナ後を踏まえた小説もいずれ書くでしょうね。さしあたり今は3作品を並行して連載しているので、その刊行が目標です。1作は『不夜城』の悪役の青年時代の話、1作は郷里の浦河でサラブレッドの生産に関わる人々がテーマ。もう1作は戦前の上海を舞台にした山田風太郎ばりの伝奇小説です。馳星周の新境地になりそうなのでぜひご期待ください。 ーー最後に若者へのメッセージをお願いします。 ドラマチックな転機ではないけれど、僕は子どもの頃に大好きな「本」と出会い、ずうっと本を読み続けて小説家になりました。人生においてはかけがえのない家族である「犬」と暮らし生き方が変わりました。今は本当に大変な時代ですし、大人として「こんな日本にしてしまってごめんなさい」っていう思いも強くあるけど、それでも大好きなものと出会うことができれば、人生は間違いなく豊かになります。だからどうか君たちが、大好きなものと出会えますように。心からそう願っています。 ――馳さんご自身の今後の夢は? 70歳くらいになったら引退してのんびりしたいかな。それが叶ったら、妻と一緒にキャンピングカーで日本全国の競馬場を巡ります。もちろん、愛する犬を乗せて(笑)。 馳星周 はせせいしゅう 1960年、北海道浦河郡浦河町生まれ。横浜市立大学卒。出版社の編集者、フリーライターを経て1996年、日本ミステリ界に衝撃を与え大ヒットとなった『不夜城』で鮮烈な作家デビューを飾る。同作は吉川英治文学新人賞、日本冒険小説協会大賞を受賞。以降、日本推理作家協会賞を『鎮魂歌―不夜城II―』で、大藪春彦賞を『漂流街』で受賞するなどノワール小説の名手として活躍。近年はジャンルにこだわらず幅広い作品を執筆しており、主な作品に『約束の地で』『アンタッチャブル』『光あれ』など。2020年には『少年と犬』で第163回直木賞を受賞。 この監修者の記事一覧はこちら

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