米朝首脳会談「朝鮮の非核化」に影落とす?「核の傘」問題
北朝鮮側の「核の傘」問題
一方、「北朝鮮の非核化」の場合も、「核の傘」が問題になる余地があります。 北朝鮮は、かつて中国およびソ連と「軍事同盟条約」を結んでいましたが、ソ連崩壊後、ソ連(現ロシア)との条約は失効しました。しかし、中国との条約は今日も有効です。と言っても、冷戦終結後の国際情勢は大きく変化し、この条約はすでに形骸化しているとの見方も出てきていますが、それは中国政府の公式の見方ではありません。 同条約第2条の、「両締約国は、共同ですべての措置を執りいずれの一方の締約国に対するいかなる国の侵略をも防止する。いずれか一方の締約国がいずれかの国又は同盟国家群から武力攻撃を受けて、それによって戦争状態に陥つたときは他方の締約国は、直ちに全力をあげて軍事上その他の援助を与える」という、いわゆる「参戦条項」は厳然と残っており、この条約に基づいて、中国は北朝鮮に核の傘を提供する義務があると解釈することは十分可能でしょう。 ちなみに、米国の核の傘の根拠である日米安保条約には「全力をあげて」という文言はないので、単純に比較すれば、中朝条約のほうがより強い表現になっています。 今のところ、北朝鮮が「中国の核の傘」の下にある、あるいは入ることは議論にもなっていませんが、北朝鮮が非核化した場合には、この問題が出てくる可能性がないとは言えません。もっとも、中国の「兄貴風」を嫌う北朝鮮が中国の「核の傘」を望むか疑問は残ります。いずれにしても、韓国に対する米国の「核の傘」以上に扱いにくい問題となるでしょう。
したがって、米朝首脳会談で「朝鮮半島の非核化」を議題とすれば、「核の傘」の関係で南北双方に厄介な問題が発生し得るのですが、この複雑かつ技術的な問題は、トランプ大統領と金委員長の一回の会談だけで解決できることではありません。そのように考えれば、今回の米朝首脳会談に関する限り、「核の傘」については南北双方とも触れずに、あるいは触れるとしても深入りせずに、大枠での「非核化合意」を目指すほうが得策ですし、実際に会談ではそのように扱われるものと思われます。
----------------------------- ■美根慶樹(みね・よしき) 平和外交研究所代表。1968年外務省入省。中国関係、北朝鮮関係、国連、軍縮などの分野が多く、在ユーゴスラビア連邦大使、地球環境問題担当大使、アフガニスタン支援担当大使、軍縮代表部大使、日朝国交正常化交渉日本政府代表などを務めた。2009年退官。2014年までキヤノングローバル戦略研究所研究主幹