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今日も、痴漢という犯罪に打ちひしがれている人たちがいる。非道な慣習を、いつまで放置するのか―佐々木 くみ『少女だった私に起きた、電車のなかでのすべてについて』武田 砂鉄による書評

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◆魂を奪う「犯罪」を軽視、放置するな 痴漢被害を聞いた途端、「でも、冤罪もあるよね」と知った口をきく人には、「痴漢がなくなれば冤罪もなくなるよね」とぶつける。痴漢と痴漢冤罪はライバル関係ではない。実際の件数も知らずに謎めいた比較を続ける現状は、引き続き痴漢被害が軽視されている証左ではないか。 いまから10年以上前、12歳の女子中学生・クミが6年間もの間、山手線で痴漢被害に遭い続けた経験を小説として描いた作品は、まずフランスで「Tchikan」と題して刊行された。「私には、自分の国を去りたい理由があった」と思わせるほどの、絶望的な日々だった。 痴漢に触られた後、「何か恐ろしいものが、私の身体の中に広がっていき、永遠に消すことができないような気がした」。家に帰り、母に打ち明けるも、「あなたも悪いのよ、わかってる?」と返ってくる。繰り返し痴漢に遭っても、もう母には切り出せない。「今日? 特に変わったことはなかったよ。ママ、いつもどおりだったよ」 厳しい校則のある保守的な学校、加えて、「元気ではつらつ」とは対極の表情をした自分に、痴漢が忍び寄る。時に、後をつけられ「ねぇ、僕を君のパパにしてくれない?」と言われ、時に耳元で「ありがとう」と囁かれた。クミの頭には、何度も繰り返し、自殺という手段がよぎってしまう。大学に入っても痴漢は止まず、先生に申し出ても「男なんてみんなそんなものだよ!」と返ってきた。 絶望に絶望がかぶさると、人間は麻痺する。その麻痺を狙って近づいてくる人間がいる。絶望を伝えても、気のせいだよ、それにあなたも……と矢が自分に向かう。今日も、この犯罪に打ちひしがれている人たちがいる。あまりに非道な慣習を、いつまで放置するのか。 [書き手] 武田 砂鉄 1982 年東京都生まれ。出版社勤務を経て、2014年秋よりフリーライターに。 著書に『紋切型社会』(朝日出版社、2015年、第25回 Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞)、『芸能人寛容論』(青弓社)、『コンプレックス文化論』(文藝春秋)、『日本の気配』などがある。 [書籍情報]『少女だった私に起きた、電車のなかでのすべてについて』 著者:佐々木 くみ / 出版社:イースト・プレス / 発売日:2019年12月15日 / ISBN:4781618219 サンデー毎日 2020年3月22日増大号掲載

武田 砂鉄

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