養老孟司の<小細胞肺がん>を東大の教え子・中川恵一が解説。「普通の人なら、がんとわかるとそれなりにショックを受けるが、先生の場合…」
◆がんは限局型で転移もまったくない 2020年、肺がんの5年生存率は、非小細胞肺がんが47.7%、小細胞肺がんが11.6%です。 病期(ステージ)別の5年生存率は、非小細胞肺がんの場合、1期が84.1%、2期が54.4%、3期が29.9%、4期が8.1%です。 これに対し、小細胞肺がんの場合は、1期が44.7%、2期が31.2%、3期が17.9%、4期が1.9%となっています(ウェブサイト「肺がんとともに生きる」より)。 養老先生のステージは2Bとなっていますが、ステージはTとNとMの3つのカテゴリーの組み合わせによって決められます。 Tカテゴリーは、原発巣のがんの大きさや広がりの程度を示します。肋骨に浸潤している養老先生の場合、T3となっています。 Nカテゴリーは、胸や鎖骨のあたりのリンパ節への転移の有無を示しています。養老先生はNがゼロなので、これらのリンパ節への転移はありません。 Mカテゴリーは、離れた臓器やリンパ節への転移で、これも養老先生のがんはゼロです。 つまり、がんは肋骨に達して痛みが出るほど大きくなっているけれど、転移はまったくないということです。 さらに小細胞がんは、「限局型」か「進展型」による分類によって、治療法の選択が異なります。 限局型は、片側の肺や反対側の鎖骨の上のあたりまでのリンパ節にとどまっていて、胸水などの水がたまっていない状態を示しています。これに対して、限局型の範囲を超えて、がんが進行しているものを進展型と呼びます。 養老先生の小細胞がんは限局型と判定されています。限局型は、一般的には治療により治癒が望める段階とされています。 前述のように、2期の生存率は31.2%です。ただ2B期に限定した場合、どのくらい生存率が上がるかはくわしいデータがありません。
◆抗がん剤には副作用がある 養老先生の肺がんは限局型なので、治癒を目的として治療計画が立てられています。治療は「テキトーにやってください」というメールをいただきましたが、治癒が可能ながんなので、われわれとしては、テキトーに治療することはできません。 一般に若い人で心腎機能に問題ない場合は「シスプラチン+エトポシド」という抗がん剤の組み合わせが標準治療になるのですが、高齢者や心腎機能低下がある人は「カルボプラチン+エトポシド」を選択するのが一般的です。高齢であることから、養老先生は後者の抗がん剤が用いられています。 抗がん剤の点滴は、1日目はカルボプラチンとエトポシドをそれぞれ1時間、2日目と3日目はエトポシドを1時間点滴します(このほか、吐き気止めの薬や電解質補液の点滴も前後に行う)。 3日目の抗がん剤治療を終えたら、原則として3週間休み、全部で4回同じことを繰り返すのです。 抗がん剤は、がん細胞の分裂を止めて、やがて死滅させる薬です。ただ、がん細胞だけでなく、正常細胞にもダメージを与えてしまうので、副作用が現れます。 カルボプラチン+エトポシドの副作用には、吐き気・嘔吐や脱毛、手足のしびれ、間質性肺炎、感染症などがあります。 感染症は、白血球の減少により細菌やウイルスに感染しやすくなる副作用です。細菌やウイルスの感染を防ぐのは白血球の免疫細胞ですが、抗がん剤は白血球など血液細胞をつくる骨髄の働きを抑制するため、白血球の数が減少して、感染症にかかりやすくなってしまうのです。 ※本稿は、『養老先生、がんになる』(エクスナレッジ)の一部を再編集したものです。
養老孟司,中川恵一