2024年小説界新人王最右翼! この作家は覚えておいた方がいい(レビュー)
坂崎かおる。まだこの名前を知らない人は、いまのうちに覚えてほしい。初の単著『嘘つき姫』が3月に出たと思ったら、5月には「ベルを鳴らして」で第77回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。新人はめったに獲らない、プロ作家のための賞だから、たぶんこれが(書籍デビューから同賞受賞までの)史上最速記録だろう。6月には、2冊目の単著となった『海岸通り』(書籍化は7月)で芥川賞候補に。私見では、2024年の小説界新人王最右翼だ。 第3作にあたる本書『箱庭クロニクル』は、女性同士の関係性を軸にした6編を収める作品集。書名は各編を箱庭に見立てる趣向らしいが、小さく可愛らしくまとまっているわけではなく、それぞれの箱には、おそろしく鋭利に鮮やかに、時に残酷に人生の断面が切りとられている。 前述の「ベルを鳴らして」は、昭和初期、邦文タイピストの学校に通う主人公が中国人の先生と出会うところから始まる(題名は、タイプライターが行の終わりで鳴らす音を指す)。タイピングの腕を磨く特訓や時代背景のディテール、練習用の例文になる童話、含蓄の深い台詞。表面的には幻想味のある繊細なミステリーのようだが、実は先生が中文タイプライターで未来を書き換えていた可能性が暗示される。なんとも周到かつ精緻に組み立てられた傑作だ。 巻末の「渦とコリオリ」は、第6回阿波しらさぎ文学賞のために書かれた(受賞後、選考委員の解任騒動を受けて辞退)わずか10ページの小品。鳴門の渦潮→回転→バレエという連想から理詰めで構成されたように見えるが、それでいて、バレエを愛した姉妹の複雑な関係と人生の機微をくっきりと浮かび上がらせる。 個人的ベストは、“ゾンビは治る。マツモトキヨシに薬が売ってる”というパワフルな1行で始まる「あたたかくもやわらかくもないそれ」だが、もう触れるスペースがない。舐めるようにじっくり味わいたい1冊。 [レビュアー]大森望(翻訳家・評論家) 協力:新潮社 新潮社 週刊新潮 Book Bang編集部 新潮社
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