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森山直太朗、柴咲コウ、古川雄大 朝ドラ『エール』における師としての在り方

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リアルサウンド

 『エール』(NHK総合)第11週では、古山裕一(窪田正孝)と音(二階堂ふみ)が福島に里帰りする。裕一は小学校時代の恩師・藤堂清晴(森山直太朗)から校歌の作曲を頼まれ、上京以来初めて郷里の土を踏むことになる。 【写真】“ミュージックティ”の古川雄大  古山夫妻の歩みを描く『エール』には印象的な恩師が何人も登場する。その筆頭に挙げられるのが藤堂だ。藤堂は裕一が音楽を志すきっかけを作った人物として描かれる。引っ込み思案な裕一の作曲の才能を見出し、父・三郎(唐沢寿明)に音楽の道に進ませるように進言。藤堂が裕一に贈った「人よりほんの少し努力することが辛くなくて、ほんの少し簡単にできること。それがお前の得意なことだ。それが見つかれば、しがみつけ。必ず道が開く」という指針は、裕一の一生を照らすことになった。  裕一の人生に決定的な影響を与えた藤堂は、岐路に立つ教え子に進むべき道を示す役割も担った。留学と家族の板挟みになって悩む裕一に、「本気で何かを成し遂げるなら、何かを捨てねばならない。俺はお前に世界で一流と呼ばれるような作曲家になってほしい」と自身の経験を通して率直な思いを伝える。大人になったかつての教え子の悩みを1人の人間として全力で受け止める藤堂には、人生の教師の風格すら漂っていた。  夢と現実の仲立ちをする藤堂は、裕一を福島に結び付ける人物でもある。陸軍の高官の一家に生まれ、父親への反発心から教師になった藤堂には、故郷を捨てた裕一の心情が痛いほどわかるのだろう。帰りにくくなった実家の母まさ(菊池桃子)の私信を同封して家族のわだかまりを解こうとする藤堂は、帰るべき場所を誰よりも知っているのだと思う。  歌手になる夢に一直線に向かう音にとって、最初の師と言える存在が御手洗清太郎(古川雄大)である。御手洗に関してはセリフ途中の強引な場面転換も話題になったが、自らを「ミュージックティーチャー」と称する背景には、過去の辛い記憶があった。学校で教師から「男らしくしろ」と言って殴られ、性別を矯正するために泥水を飲まされた御手洗は、裕一に「先生って言葉が嫌い」と話す。  人種差別に負けず努力してきた御手洗にとって、音楽は自身を救ってくれたかけがえのないものであり、自分を虐げた教師たちと同じ名前で呼ばれることを御手洗は断固拒否する。先生ではなくティーチャーと呼ばせる理由には既存の権威と決別する意思があり、そんな御手洗に音は人間としての好意を率直に示す。兄妹のような音と御手洗は音楽への愛情で結び付いた師弟と言っていいだろう。  御手洗の指導も奏功して東京帝国音楽学校声楽科へ入学した音を待っていたのは憧れの人との再会だった。世界的なオペラ歌手である双浦環(柴咲コウ)が記念公演の審査と指導を担当することになり、音は環と急接近する。音にとっての環はプロになるための関門と言える存在だ。環は音の課題を率直に指摘し具体的なアドバイスを授ける。1人の生徒に対して何のハンディキャップも設けずに接する環の姿は、それ自体が超一流の証とも言えるが、根底に音楽への並々ならぬ愛情があることは間違いない。  環の言葉の端々には、プロとして激烈な競争を生き抜く覚悟が滲んでいる。第49話では、妊娠した音に対して「プロってね。たとえ子どもが死にそうになっていても舞台に立つ人間のことを言うのよ」と問いただすのだが、そこに悪意はまったくない。環自身も現在の地位に至るまでに犠牲にしてきたものがあったに違いなく、音にもこれから起こることの大変さを示しているのだ。それに対して音が裕一とともに出した答えは、誰も犠牲にせず、夢も諦めないという決意だった。  図らずも音の壁になってしまった環だが、環がいることで裕一と音の絆は深まった。裕一の楽譜を突き返した小山田耕三(志村けん)もそうだが、才能を認めるがゆえの厳しさを全身で体現するキャラクターは、主人公を成長させる物語に欠かせない存在だ。小山田に冷たくあしらわれた裕一が「紺碧の空」を作曲したように、音も環という目標を意識しながら自分にしかできない音楽を追求していくのだろう。  個性豊かな恩師の存在は、物語を次のステージに導き、帰るべき場所と人間としてのあり方を見つめるよすがとなる。彼らの存在そのものが、困難な時代を生きる主人公にとってのエールでもあるのだ。

石河コウヘイ

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