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「松平氏霊位追福墓」に解説案内板 福井・越前町と愛知・西尾市交流20年

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 江戸時代に西尾藩(現・愛知県西尾市)の飛び地や陣屋があった縁で、同市民と交流してきた福井県越前町の有志グループ「越前・西尾友好の会」が結成20年を迎え、記念冊子を発刊した。古里の歴史を後世に伝える狙いで、西尾藩主松平氏の善政を伝える町内の「松平氏霊位追福墓」の解説案内板も設置した。  西尾藩の飛び地は今の福井県内に計72村あり、越前町や南越前町、坂井市に広がっていた。これらを治める拠点として、1764(明和元)年~1871(明治4)年の間、現在の越前町天王、宝泉寺の両区周辺に「天王陣屋」が置かれていた。  1994年、JA西尾市の一行が福井総合植物園プラントピアを訪れたのをきっかけに交流が生まれ、2000年に当時の朝日町民有志が、会の前身となる「朝日・西尾友好の会」を設立。西尾市民有志と親交を深めてきた。  記念冊子は、西尾藩が飛び地を治めていた頃から現在までの年表や関連写真、地図を掲載。現在の住民同士の交流の様子なども紹介している。編集を担当した友好の会の副会長は「写真や資料を集めるのに苦労したが、メンバーの協力でとてもいい冊子に仕上がった」と振り返った。  松平氏霊位追福墓は1876(明治9)年、72村領民の篤志で現在の越前町天宝に建立された。松平氏が凶作時に食料を領民に与えるなどした善政に対し、感謝の意が中国の故事になぞらえて刻まれている。ただ、漢文のため、現在の住民には文意が分かりにくかった。  越前町在住で福井市立郷土歴史博物館長が漢文を解読。これを基に、内容を分かりやすく紹介した高さ約2メートル、幅約2・6メートルの解説案内板を追福墓近くに設置した。  友好の会の会長は「旧幕藩体制を賛美することは、明治政府下ではタブーだっただろう。それを押して作られた追福墓は、領主への敬愛の証し。今に残る領主と領民との間の信頼を誇りに思い、伝えていきたい」と話した。  記念冊子はA4判、32ページ。非売品で、町内図書館などに寄贈予定。問い合わせは城戸会長=電話090(6810)5839。

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