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【書評】辞書づくりの現場は、まさにヒューマン・ドキュメント 『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』

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婦人公論.jp

◆ベテラン編集者が辞書づくりの内幕をユーモラスに紹介 アメリカ最古の辞書出版社、メリアム・ウェブスター。そのベテラン編集者が辞書編纂という仕事の内幕をユーモラスに綴った一冊。語例を含む文章が原文も残してたっぷり紹介され、本文は横組みである。 〈たいていの人は〉と著者はいう。〈自分たちの辞書が、実在する不器用な人たちによって、日々編集され、校正され、改訂されているヒューマン・ドキュメントだとは思いもしない〉。本書は豊富な実例により、それがいかに人間的な仕事であるかを浮かび上がらせていく。 わかりやすい例で挙げられるのは、irregardless〈~にもかかわらず〉という言葉だ。接頭辞の「ir-」と接尾辞の「-less」はいずれも否定を意味する。一語のうちに二重否定を孕むこの語は英語の堕落の象徴とされた。しかし著者は用例を何世紀も遡り、そのしぶとさには理由があることを悟る。そしてこの奇妙な語の擁護者になっていくのだ。 ほかにも方言、古語、新語、造語、新たに生まれた語義にまつわる「人間的」なエピソードが相次いで紹介され、思わず引き込まれる。かつては男性に対しても使われたbitchはいつから女性だけに使われるようになったか。nudeとはどんな色か──そこからは現代社会が抱えるさまざまな問題が見えてくる。語釈はそうした諸問題に対する立場表明であり、世間からときとして大きな批判を受ける。著者は自身が経験した修羅場もユーモラスに語っていく。 英語はどのような言語であるかという問いは、人々が生活のなかで言語をどのように用いているか、という問いと切り離せない。本書は英語の奥深さを伝える格好の手引だが、なにより言語を用いる人間という謎についての本なのである。 『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』 著◎コーリー・スタンパー 訳◎鴻巣友季子、竹内要江、木下眞穂、 ラッシャー貴子、手嶋由美子、井口富美子 左右社 2700円

仲俣暁生

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