ちょっと怖い魔界・京都 「平安京」の名前に込められた本当の意味とは？
長岡京から平安京へ たった10年で遷都した理由とは？
そんなわけで都が長岡京に移されたわけですが、この遷都に反対する勢力がありました。いつの時代にも既得権益が脅かされることに対しては反対運動が起きるのは当然です。そんな中、遷都事業の中心的役割だった桓武天皇の側近、藤原種継が暗殺されるという事件が起こったのです。そしてその首謀者の中に桓武天皇の弟だった早良（さわら）親王が関与しているのではないかといううわさが流れました。 これについての真偽は定かではないのですが、早良親王はこのために廃位させられ、乙訓（おとくに）寺に幽閉させられることになったのです。その後親王は無実を訴えるために絶食して命を絶ちました。ところが桓武天皇の怒りは収まらず、死後に亡骸を淡路島へ配流するという、言わば「死後処刑」の挙に出ます。 これによって早良親王の死後、皇太子、妃などの皇族の一族の相次ぐ死や疫病、洪水などの厄災が都を襲います。これは早良親王の怨霊による祟りに違いないということで鎮魂の儀式が行われると共に、たった10年で都を平安京に移すことになったのです。
平安京に張り巡らされた、鬼門封じと除霊装置
つまり新しい都ができた背景には早良親王の怨霊が影響していることから平安京はその成立当時から、怨霊を封じる目的があったというわけです。都から見て鬼門の方角にあたる北東には比叡山があり、天台密教の始祖、伝教大師最澄がにらみを利かせます。さらに北東からの都の入り口付近には上御霊神社、上賀茂神社、下鴨神社、幸神社（さいのかみのやしろ）など、多くの鬼門封じのための社があります。 もちろん都の四方には荒ぶる神、スサノオノミコトを祭る四つの大将軍神社が配置され、念の入ったことに裏鬼門である南西方向にも大原野神社や城南宮がありますからまずは万全の態勢で怨霊が都に入らないように配慮されているのです。 ところが実は最大の除霊装置があります。それは何かというと「平安京」という名前です。遷都が行われた時代は平安でなかったからこそ「平安京」という名前をつけることによって平和な世が来るようにしようとしたのです。なぜなら日本は昔から言霊（ことだま）信仰の強い国で言葉に出して言うと、それが実現されると信じられてきたからです。 バカバカしい話のようですが、これは現代でもあります。結婚式の時に「切る」とか「終わる」といった忌み言葉を使わない、何か良くないことを予想して口に出し、それが実際に起きると「お前がそんなこと言ったからだ」と言われます。さらに戦時中は「戦争に負けるかもしれない」ということは口に出せませんでしたし、現代では「憲法9条さえあれば平和が守られる」というのもある種の言霊信仰であるといえるでしょう。日本人は言霊信仰があるから、冷静に分析して最悪に備えるという文化がなかなか育たないのだとも言えます。 そしてこれも言霊信仰のなせる業なのですが、恨みを呑んで死んでいった人には怨霊化しないよう尊い名前を付ける傾向があります。前述の早良親王も死後に崇道天皇という尊称が与えられています。これも高貴な名前を贈ることによって怨霊の怒りを鎮めようとする試みです。菅原道真や崇徳天皇も同じです。 もちろん、そんなものは迷信だと言ってしまえばそれまでですが、大切なことは当時の人々がその存在を信じていたということです。京都を訪れたとき、こういう歴史的な背景とその時代の空気を感じることができれば、京都滞在はさらに楽しいものになるのではないでしょうか。 （経済コラムニスト・大江英樹）
