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すべての犬好きのための小説―ヴァージニア・ウルフ『フラッシュ:或る伝記』出淵 敬子による訳者あとがき

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イングランド南部の村で生まれた由緒正しきコッカー・スパニエルのフラッシュは、著名な女性詩人エリザベス・バレットへの贈り物として、ロンドンへやってきた。病弱でひきこもりがちな主人の家で、やんちゃで自由を愛する犬フラッシュは少しずつ都会の生活になじんでいくが、やがてエリザベスの前にひとりの男が現れる。年下の詩人ロバート・ブラウニングとの恋愛、家庭における父親の支配、突如降りかかった犬泥棒事件とスラム街訪問、イタリアへの駆け落ち……。犬の目を通して、詩人の日常と冒険を温かいユーモアと時に辛辣なウィットをこめて描く。本邦初訳時のタイトルは『ある犬の伝記』だったため、書店の犬・猫コーナーに並んでいたこともあるという、愛すべき小品をご紹介。 ◆すべての犬好きのための小説 『フラッシュ』が出版されたのは、一九三三年十月、著者ヴァージニア・ウルフが五十一歳の時でした。ウルフがこの作品を書きはじめたのは、もうあと二カ月すれば実験的な小説『波』が出版されるという時 ―つまり一九三一年八月のことです。いいかえれば、ウルフはいわゆる「意識の流れ」の手法を使って、六人の登場人物にそれぞれ独モノローグ白を話させるという前衛的な試みに精魂かたむけて大作『波』を書きあげたあと、がらりと方向を変えて、もちまえのウィットを生かし、犬の目から見た女流詩人の生活を語るという、軽快で洒落た試みを企てたのです。最初は、この本をクリスマス用の小冊子にするはずでしたが、調べたり書きなおしたりしているうちに、現在見るような形になりました。本訳書に収めたさし絵は、ウルフの姉で画家のヴァネッサ・ベルの作品で、ホガース版の原著を飾っていたものです。 さて読者にたのしい期待を抱かせるこの本は、冒頭で、フラッシュが生まれる前のはるか昔にさかのぼって、コッカー・スパニエルの系譜をしかつめらしく論じ、ついでに人間社会を諷刺して笑いを誘ったあとで、スリー・マイル・クロス村の今は家運の傾いたミットフォード家にフラッシュが生まれるところから始まります。そして、床に伏せりがちの病弱の女流詩人エリザベス・バレットにもらわれ、世間を離れひきこもったその居室で、エリザベスとロバート・ブラウニングとの秘かな恋の進展を目撃し、犬泥棒に捕えられてホワイトチャペルの貧民窟暮らしをも経験し、二人の駆け落ちに同行してイタリアまで行き、フィレンツェで死ぬまで、一八四二年から十年余りの犬の一生を描きだしています。 ウルフはこの本の題名を『フラッシュ 或る伝記』( Flush A Biography)としましたが、もちろん作者がほんとうに描きたかったものは、エリザベス・B・ブラウニングの肖像です。ウルフがこの作品を書きはじめる約一年前、ルドルフ・ベジアの芝居『ウィンポール街のバレット家』がロンドンとニューヨークで上演され、ブラウニング夫妻の結婚までのロマンスが評判になりました。これは続いてハリウッドで映画化され(邦題『白い蘭』)、エリザベスとロバートが彼女の父親の圧制、反対を逃れて駆け落ちするいきさつは、夫妻の詩を読んだことのない人にも広く知られることになったのです。そこへ同じ材料を扱って書くとなると、小説家として常にもましてひと工夫しなければならないことは、作者がいちばん知っていたことでしょう。 十九世紀半ばに評判の高かった女流詩人の生涯のもっとも波乱にとんだ時期を、彼女のそばで過した愛犬の目をとおして描きだす……これは小説家としての技倆も発揮できるし、ユーモアも皮肉も入れられるし、まことにすばらしいアイディアだ、と作者は心のなかで喜んだにちがいありません。ウルフはいつも犬を飼っていて、当時は、親しい女流詩人のヴィタ・サックヴィル・ウエストから贈られたピンカという名の金色の毛のコッカー・スパニエルを飼っていました。『ヴァージニア・ウルフ伝』を書いた甥のQ・ベルにいわせると、ウルフは「言葉のほんとうの意味では犬好きではなく」、彼女は犬が何を感じているか知りたがり、『フラッシュ』は「犬好きによって書かれた本というより、むしろ犬になりたいと思う人によって書かれた本」なのですが、犬の目から女流詩人の生活を描写することには限界も感じたにちがいありません。たとえば、フラッシュが野原や芝生を駆けまわる時の躍りあがるような歓びは描写できても、元来人間の言葉がほとんどわからない犬が詩人の心の中を伝えるよう、読者に不自然に感じさせずに書くことは難しいことですから。ウルフも書きすすめるにつれて投げだしたくなるような困難にぶつかったこともあったようです。とりわけ第四章「ホワイトチャペル」の描写は、作者の苦心がうかがわれるところです。この章では、語り手として作者が顔を出して、ロンドンの「ミヤマガラスの森」について語り、またフラッシュを盗まれたエリザベスの心配をしばしば手紙の引用で描いていますが、語り手の登場がこの作品の世界を広く厚みのあるものにしていることは確かでしょう。 エリザベスが貧民窟に出かけて行った時の経験が後に『オーローラ・リー』のなかで結実したのだというウルフの洞察は、彼女の作家としての関心のありかを物語っています。エリザベス・ブラウニングの代表作で全九巻からなる長詩『オーローラ・リー』(一八五六)は、ヴィクトリア朝の女性問題、階級、政治改革と芸術の問題を扱い、「詩による小説」と言われますが、一方ウルフ自身の作品がしばしば散文による詩だと言われることを考える時、ウルフのエリザベスに対する関心の深さがわかるのではないでしょうか。ウルフは『オーローラ・リー』論(『普通の読者』所収)の中で、女主人公オーローラ・リーは「社会に対する熱烈な関心、芸術家であり女性であることの葛藤、知識と自由への渇望をもった時代の真の娘である」と述べています。 [書き手]出淵敬子(イギリス文学者・日本女子大学名誉教授) [書籍情報]『フラッシュ:或る伝記』 著者:ヴァージニア・ウルフ / 翻訳:出淵 敬子 / 出版社:白水社 / 発売日:2020年06月6日 / ISBN:4560072299

白水社

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