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ゲームボーイを改造してくれた父 障がい者の僕、あつ森で伝えたい事

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朝日新聞デジタル

 「どこのボタンが固くて押せないって?」  父がそう尋ねると、「このAボタンが固くて僕の力では押せないんだ」と私は答える。「そうか。そこのボタンか」と言いながら、父はネジを外してゲーム機を分解し、ボタンの固さをやわらかく変えてくれる。私の子ども時代のよくある日常だった。 【画像】風俗店の左腕ないマリンちゃん テリー伊藤に根性教えた  子どもの頃から、自分の体を自由に動かせるのは指先だけだった。私には2人の兄がいる。兄たちは体に障害はないので、いつも自由に外で遊びまわっていた。兄たちはたびたび私を抱きかかえたり、バギーに座らせたりして、外に連れ出してくれた。  しかし、外で遊ぶのは少し退屈だった。理由は簡単だ。鬼ごっこをしても、かくれんぼしても、いつも私は見ているだけだったから。もちろん、弟の私も一緒に連れて行ってくれるという意味では、とても優しかった兄たちなのだが、それよりも私は幼心ながら遊びに物足りなさを感じる日が多かった。  そんなある日、世の中では「ゲームボーイ」が一世を風靡(ふうび)していた。兄たちもゲームボーイを買ってもらっていた。まわりの子どもたちもみんなが熱狂し、兄たちも毎日夢中になって遊んでいた。それを見た私も、「僕もやりたい!貸して」と言って、兄たちに貸してもらったことがある。しかし、筋肉が徐々に褒える「脊髄(せきずい)性筋萎縮症」と診断されていた私は既に右手の力が衰え始めていた。ゲーム機のボタンが一つも押せなかった。  「なんで僕だけみんなと遊べないんだろう」 ■父が手にしたのは1本のドライバーだった

朝日新聞社

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