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The 1975のマシューが語る、怒りと希望のメッセージ「美しさはこの世で一番鋭い武器」

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Rolling Stone Japan

エスケーピズムの時代はもう終わった

―『NOACF』ではマシューのリアルなストーリーや心の脆さが描かれている一方で、気候変動問題、経済社会の課題、LGBTQ、ジェンダーイクアリティー、宗教観など、様々な社会的トピックにも触れています。自分の内面を描くと同時に、今、世界の真実について語ることも背負おうと思った理由を話してもらえますか。 マシュー:実際は、なにかを「語りたい」とは考えてないんだよね。ただ、音を聴いたときに、自分の中で最初に湧き出てきたこととか、その音に合う言葉を書いているだけ。でも、そうすると自分が関心を持ってることや考えてることが自然と出てくるんだ。だって、「Oh Baby Baby」とかは普段から僕の頭にないからさ。実際に頭の中で考えてることしか出てこない、ただそれだけのシンプルなこと。「世界へ抗議するために訴えなきゃいけないことをリストアップして、曲に落とし込んで」みたいに考えたいけどさ、そんなふうに上手くはいかないんだよね。 ―日本では、「ミュージシャンが政治を語るな」という意見があるんですね。そういう意見についてはどう思いますか。 マシュー:BULLSHIT!(クソ!) ―即答ですね(笑)。 マシュー:BULLSHITだよ。というか、間違ってると思う。それは真実を見てないよね。エスケーピズム(現実逃避)のために音楽を聴くのもいいとは思う。「音楽はエスケーピズムだ」という意見も理解はできるよ。僕もエスケーピズムの表現に共感することはあるしね。でも、たとえば9.11(アメリカ同時多発テロ事件)のあとを思い出してよ。あれが起きたとき、世界中の人があまりにも落ち込んで、みんながエスケーピズムの音楽を求めた。ジャック・ジョンソンとか、ノラ・ジョーンズとか。とてもいい音楽だよ、でも、挑戦的な音楽ではないということははっきりと言える。誰もあの事件についてどう対処すればいいかわからなかったしね。でも、そういう時代はもう終わったんだ。アートいうのは……あ、一瞬待って、犬がきた、「こっちおいで~」。 ―あははは(笑)。最近犬を飼い始めたんですよね(名前はMayhem)。 マシュー:そう、アートというのは、現実の写し鏡であるべきなんだ。ボブ・ディランの「Blowin’ In The Wind」(風に吹かれて)だって、デヴィッド・ボウイの「Five Years」だって、そうだろう。エスケーピズムもいいけど、なにかを動かそうとする力のあるアートほどは価値がないと思う。 たとえば、僕たちの曲で「People」があるだろう。あれは大好きな曲だけど、めっちゃ簡単な曲なんだよね。あれは僕たちのパンクソングだとみなされていて、確かに僕たちの中では一番ミニマルなパンクソングではあるんだけど……僕たちの音楽が美しいのは、僕たちがパンクバンドであるからなんだ。「美しさ(beauty)」というのは、この世で一番鋭い武器なんだよ。わかる? もし誰かに自分のアイデアを聞いてほしかったら、美しく描かなければならない。僕だって、もし誰かが自分の意見を主張したがっているとき、そこに美しさがあればちゃんと向き合って耳を傾けたいと思える。だから僕は、幅を持って表現するというやり方を取っているんだ。リスナーが聴きたくなるような美しいものを表現して、その一方で聴きたくないであろう考えも表現する。それがアートだ。カルチャーの規範としてエスケーピズムがあるのは、まあいいけど、BULLSHITだよね。はははは(笑)。 ―今の話は、このアルバムになぜ様々なジャンルの要素が融合されているのか、なぜ美しいラブソングにも歌詞やMVで社会的なテーマを忍び込ませるのか、なぜダウナーな心情も音やメロディは美しく鳴らすのか、なぜ22曲にもなったのか、「パンク」の本質はなんなのか……このアルバムの大部分を端的に表して教えてくれたように思います。そんなアルバムに「Notes On A Conditional Form」というタイトルを付けたのはなぜ? マシュー:うーん、正直言って、自分でもよくわからない。この言葉がセットになって思い浮かんだというか……あ、今はまだタイトルについてあまり語りすぎたくないかもしれないな。僕が語り始める前に、みんながそれぞれの解釈ができる余地を残しておきたい。逆に、前のアルバムのタイトルはレトリックだったからさ。今回はみんながどう解釈するかに興味があるよ。

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