完全な「善人」も「悪人」も登場しなかった『源氏物語』。紫式部が源氏の言葉に込めた<現実社会を見直すためのヒント>とは
現在放送中のNHK大河ドラマ『光る君へ』。吉高由里子さん演じる主人公・紫式部が書き上げた『源氏物語』は、1000年以上にわたって人びとに愛されてきました。駒澤大学文学部の松井健児教授によると「『源氏物語』の登場人物の言葉に注目することで、紫式部がキャラクターの個性をいかに大切に、巧みに描き分けているかが実感できる」そうで――。そこで今回は、松井教授が源氏物語の原文から100の言葉を厳選した著書『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』より一部抜粋し、物語の魅力に迫ります。 【書影】厳選されたフレーズをたどるだけで、物語全体の流れがわかる!松井健児『美しい原文で読む-源氏物語の恋のことば100』 * * * * * * * ◆源氏の言葉 <巻名>蛍 <原文>菩提(ぼだい)と煩悩(ぼんのう)とのへだたり <現代語訳>悟りと迷いとのへだたり 梅雨の長雨がいつもよりひどく、六条院の姫君たちも、なんとなく心の晴れない日が続いていました。 こんなときの楽しみや、気分転換になるのが物語でした。印刷技術がない時代ですから、物語は書き写して楽しまれ、広まっていきました。文章だけでなく、物語に添えられた絵を描いたり、装幀する面白さもありました。 地方で育った玉鬘(たまかずら)は、六条院にある多くの物語に夢中でした。一日中、物語を読んだり、書き写したりと励んでいました。 物語に語られた出来事が、自然に自分の人生と比べられます。波瀾に富んだ旅路だったと過去のことが思い出され、しみじみとした思いにふけっています。
◆玉鬘の不満 そこへ源氏がやってきます。 玉鬘や女房たちが、物語に熱中しているのを見て、「物語は本当のことではないと知りながら、この暑いさかりに髪を振り乱して、書き写しているとは」と、からかいます。 この言葉が玉鬘には不満でした。 「わたしには、本当にあったこととしか思えません」と拗ねて、使っていた硯(すずり)を押しやります。 源氏はあわてて、「これは失礼なことを言ってしまいました」と謝罪します。
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