「ようやく退団する……」契約満了前にチームを離れるイニエスタを首位・神戸が本気で止めなかった理由
’18年、スペインの名門バルセロナから完全移籍で神戸に入団したアンドレス・イニエスタ(39)が今年12月の契約満了を待たずに退団することを発表した。7月1日の試合がラストマッチになる。昨季、J2陥落の土俵際だったチームとは思えない勢いで現在J1リーグで首位を走る。’10年、南アフリカW杯でスペインを優勝に導いた決勝ゴールを決め、三木谷浩史オーナーが相思相愛で日本に連れてきた至宝はなぜ、契約満了を待たずにチームを離れることになったのか…。 【写真を見る】すごい!協力して新幹線からベビーカーを降ろすイニエスタ夫妻 ◆「監督の優先順位も違うところにあると感じた」― 5月25日の退団会見で39歳のイニエスタは涙ぐんだ。 「この数ヵ月は激しいトレーニングを積んできた。試合でプレーしてチームに貢献するための準備もできていた。監督の優先順位が違った。それが自分に与えられた現実であり、リスペクトを持ってその現実を受け入れた。ここで引退する姿を想像してきた。時に物事は希望や願望通りいかないものです」 イニエスタは今季、神戸をまとめるチーム主将だった。戦力としてだけでなく、チームの精神的支柱を担う主将のシーズン途中の退団は、サッカーの世界ではよほどの事情がない限りありえない。イニエスタ本人も神戸との契約を満了、今年いっぱいで「現役引退」という青写真を描いていた。昨年サッカーシューズなどを中心にした自身のアパレルブランドを立ち上げるなど日本でのセカンドキャリアに向けて着々と準備も進めており、周囲も神戸での引退が「既定路線」と見ていた。 青写真はなぜ崩れたのか。今季、J1で首位を走る神戸の好調の要因のひとつにサッカースタイルがある。志向しているのは、なるべく相手ゴールに近い位置でボールを奪うことを目指しながら、そのボールを奪ったら一気に攻撃につなげるハイプレスサッカー。パス交換はロングボールが軸になるが、このスタイルが見事にハマって首位を走る。細かくパスをつなぐスタイルの申し子と言われたイニエスタのプレースタイルとは相反するスタイルなのだ。 「イニエスタはシーズン開幕当初は負傷や奥様の出産に立ち会ったためにチームを留守にしていました。その間にハイプレスサッカーで調子をあげていった。彼が戻ってきたときに、吉田孝行監督がイニエスタを使おうにも、結果が出ていたので使う場所がなかった。当然、お互いにコミュニケーションをとったとは思われますが、双方納得がいく落としどころは見つからなかったのでしょう。 吉田監督は今季の試合前日会見でも『目の前の試合でよい状況の選手を使っていく』というコメントに終始し、イニエスタを特別扱いすることはしなかった。 野球のイーグルスに対しては、調子が悪くなると、采配に口を挟むこともあると言われる三木谷さんですが、今回のイニエスタに関してはそれはなかったと聞いています」 チーム関係者の中には「ようやく退団することになった」と話す人まで出現。他クラブの幹部のひとりは「イニエスタがいなくなって、これでますます神戸は強くなる。厄介だ」と明かす人もいるなど、是が非でも慰留しなければいけない選手ではなくなっていた。 ◆イニエスタ獲得は三木谷オーナーとの相思相愛で実現した〝案件〟 ただ、’04年から神戸のオーナーに就任した三木谷浩史氏(楽天グループ代表取締役会長兼社長)と、イニエスタの関係は、現場がNOを突き付けただけで即放出、とは考えづらい「蜜月関係」にあった。 三木谷オーナーはバルセロナ時代からイニエスタを「リスペクトできる素晴らしい選手」と大のお気に入りだった。神戸の親会社でもある楽天はバルセロナと4年契約+1年の延長オプション付き契約を結び、’18年に年俸32億5000万円の3年契約の完全移籍でイニエスタが神戸にやってきた。当時、日本サッカー協会幹部はこう明かしていた。 「三木谷オーナーがイニエスタをJリーグでみたいと言って神戸へ完全移籍で獲得してくれた。こんなありがたい話はなかった」 当時、急成長を続けた楽天マネーを軸に、イニエスタだけでなく、彼が所属したバルセロナに対するスポンサー契約まで結んだ。 ’21年にはさらに2年延長する契約を締結。これが発表されたのはイニエスタの37歳の誕生日(5月11日)だった。コロナ禍の中「経済面でもかなり歩み寄りをしていただいたということで本当に感謝しております」(三木谷オーナー)と、年俸20億円に減額しての契約更新をイニエスタは受け入れた。今回の退団における違約金が発生するかどうかについて、神戸の親会社である楽天はその契約詳細は明らかにしていない。 ◆楽天グループは携帯電話事業が〝重荷〟で4期連続の最終赤字に イニエスタの獲得に尽力した三木谷オーナーも、本業の楽天の台所事情で頭を悩ませている。今年2月に発表された楽天グループの決算で、’21年12月期連結決算は1338億円の赤字、翌’22年も3728億円といずれも過去最大の赤字を計上した。理由は、イニエスタを獲得した時期とほぼ同じタイミングで始めた携帯電話事業の先行投資が重荷になっていて、様々な事業で経費節減を敢行している。 「神戸とバルセロナの親善試合終了後、珍しくミックスゾーンに三木谷オーナーがやってきた。顔はむくみ、誰が見ても疲労困憊の様子でした。馴染みの記者の問いかけも完全スルーしてしまった。三木谷オーナーのあんな鬼の形相は見たことがありません」(神戸担当記者) イニエスタの退団よりも前に行われた今年2月の決算会見で「’23年は勝負の年」と言い切った携帯電話事業が全く振るわず、残り半年に迫っていたイニエスタの現役最後の花道をどう迎えてあげるのか、ということまで考える余裕がなかった、ということか。ちなみに神戸で引退するはずだったイニエスタは現役続行を希望。すでにアルゼンチンや中東からオファーが届いているという。
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