飢えた猫が子猫たちを食い荒らす…数十匹の猫を飼育する「繁殖部屋」で目の当たりにした悲惨な光景
犬や猫などのペット市場が拡大を続けている。朝日新聞の太田匡彦記者は「猫の流通量は2014年度と2022年度の間で約2倍に増えている。たが、猫ブームの裏側には過酷な環境で猫を飼育する悪質なペット業者の存在がある」という――。(第1回) 【この記事の画像を見る】 ※本稿は、太田匡彦『猫を救うのは誰か』(朝日文庫)の一部を再編集したものです。 ■「命をお金に換えることに罪悪感はありました」 猫の保護活動をしている男性がその住宅を訪ねると、強いアンモニア臭がおそってきたという。 住宅内では、30匹以上の成猫と10匹ほどの子猫が、複数の部屋にわけて飼われていた。糞尿(ふんにょう)にまみれた床には、共食いの被害にあったと見られる子猫の頭部が一つ、転がっていた――。 関東地方北部の、住宅地と田畑が混在する地域に立つこの住宅で、60代の女性は2007年からある純血種の猫を繁殖させていた。女性の自宅に近いターミナル駅で待ち合わせ、話を聞いた。 「命をお金に換えることに罪悪感はありました」 女性はそう告白し始めた。たまたま入ったペットショップで、雌猫を衝動買いしたのが始まりだったという。1匹だと寂しいだろうと、同じ種類の雄猫を続けて買った。2匹とも不妊・去勢手術をしないまま飼っていると、翌年から次々と子猫が生まれ始めた。 飼いきれず、近所のペットショップに相談したら、子犬・子猫の卸売業者を紹介された。女性はこう振り返る。 「業者に『ぜひ出してくれ』と言われて、売り渡しました」 それから、生まれた子猫たちを次々と売るようになった。
■子猫たちは“餌”になってしまった すべて近親交配だったため、卸売業者には1匹あたり1万~2万円程度に買いたたかれた。それでも年に3度のペースで繁殖させ、その都度あわせて20匹以上も産まれるので、それなりの収入にはなった。 ペットショップの店頭で、自分が繁殖させた子猫を見かけることもあった。 「1匹数万で売った猫が、ペットショップの店頭では十数万円で売られていた。店頭に並ぶ子猫の姿を見ると、胸が痛みました」 13年に入って体調を崩し、廃業せざるを得なくなった。でも猫たちは手元に残り、管理が行き届かないまま増え続けた。糞尿の片付けも追いつかず、自宅のなかは強いアンモニア臭が充満するようになった。 追い込まれ、最終的に動物愛護団体に助けを求めた。 「最大40匹くらい抱えてしまい、エサが足りなかったのか、成猫に食べられてしまう子猫もいました。猫たちはもちろん自分も家族も、誰も幸せにはなれませんでした。せめて、買われていった子猫たちは幸せになっていると信じたいです」 女性は、後悔していると言いつつ、最後にこう付け加えた。 「でも、知人のブリーダーのなかには、公団住宅の1室に40匹くらい抱えていたり、6畳2間のマンションで繁殖させていたり、うちよりひどい状況のところもあるんですよ」 ■猫市場は約2.5兆円規模 ペットビジネスにおいて猫は、平成の半ばに入って存在感を増し始めた。 一般社団法人「ペットフード協会」の推計によると、2000年には771万8千匹だった猫の飼育数はじわじわと増え続け、14年に842万5千匹となってついに犬(820万匹)を逆転した。23年時点では犬が推計684万4千匹なのに対し、猫は推計906万9千匹に達している。 背景には、2000年代半ばから始まった猫ブームがある。 辰巳出版が発行する猫専門誌『猫びより』の宮田玲子編集長は、「00年代半ば以降、個人ブログ出身の人気猫などが登場し、猫の性格や動作が多くの人の共感を呼ぶようになった。SNS上などでは、犬よりも猫のほうが、より幅広い層からの共感を集める」と分析している。 ツイッター(現X)や動画投稿サイトなどが主流になっても、猫人気は継続。そこから発展して写真集、映画、CMに猫が次々と取り上げられた。「ネコノミクス」という造語も登場し、関西大学の宮本勝浩名誉教授(理論経済学)の試算によればその経済効果は24年、約2兆4941億円にのぼるという。21年の東京五輪・パラリンピックの経済効果は約6兆円1442億円という試算だったから、猫が生み出す「富」の大きさがわかる。