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中国の「大疫」流行は王朝末期の兆し

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PHP Online 衆知(Voice)

中国評論で名高い石平氏は、蔓延中の新型肺炎が政治的混乱と経済の崩壊を引き起こし、中国という国を再び「乱世」へと導く、と指摘する。近著『石平の裏読み三国志』より、三国時代と21世紀の共通点を解き明かす。 ※本稿は、石平著『石平の裏読み三国志』(PHP研究所刊)より一部抜粋・編集したものです

王朝崩壊と疫病の大流行

中国の長い歴史のなかで、疫病の大流行は往々にして王朝崩壊と天下大乱の前兆であり、原因の一つであることがわかる。 最古の王朝の一つである周王朝の末期、「大疫」が流行したことは史書によって記録されているが、それは結果的に、周王朝の衰退とそれに伴う「春秋戦国時代」という中国史上もっとも長い大乱世の幕開けとなった。 三国時代、乱世の幕開けとなった後漢王朝の桓帝・霊帝の治世下では大規模な疫病が17回も起きたことが記録されている。こうした疫病の氾濫は結局、黄巾(こうきん)の乱の発生を誘発する要因の一つとなって、後漢王朝崩壊の遠因となった。 時代がさらに下って、漢民族がつくった最後の王朝である明王朝の末期、ペストや天然痘などの大流行で推定1000万人が死んだとされている。それが原因の一つとなり、明王朝は農民一揆によって潰された。 首都の北京が農民軍によって陥落した直後、明王朝最後の皇帝である崇禎帝(すうていてい)は、何と皇宮の裏の山で首吊り自殺をして悲惨な最期を遂げたのである。

昂ぶる「革命的気分」

そして、中国全土で大疫病の新型肺炎が流行しているとき、崇禎帝のことを取り上げた人物が北京にいた。北京大学教授の孔慶東である。 新型肺炎が猛威を振るっている最中の2020年2月1日、彼は自分のブログで何の文脈もなく崇禎帝の話を持ち出して、皮肉たっぷりの筆調で皇帝の首吊り自殺を揶揄した。 孔教授はいったい何のために、このタイミングで崇禎帝の首吊り自殺の話を持ち出したのか。彼は当然いっさい明言していないが、たいていの人は彼の意図を簡単に推測できた。 おそらく孔教授の脳裏には、明王朝崇禎帝の最期と、いまの中国共産党指導者である習近平のたどり着こうとする結末が重なって見えているのではないか。だからこそ、孔教授のブログはあっという間に全国で流布され、多くの人々の共感を得た。 なるほど、中国全国の多くの国民は、じつは習近平と共産党政権の破滅を心のなかで熱望しているのである。大疫病の中国で「革命的気分」は徐々に昂(たか)ぶっているようである。 圧殺はより大きな反抗を招く こうしたなかで、武漢在住の一人の普通の市民の口から「共産党打倒」という驚きのスローガンが叫ばれた。新型肺炎拡散中の武漢市内の病院の惨状を撮影して、ネット上で流した方斌(ほうひん)という人物が公安警察に一度拘束され、のちに釈放された。 ところが2月8日、彼は再びネット上で自分の映像を公開した。そして、方氏はそのなかで何と共産党政権の非道を堂々と批判した上で、拳を上げて「共産党政権の暴政を打倒せよ!」と連呼した。 1989年の天安門事件以来、中国国内で「共産党打倒」が叫ばれたのはこれが初めてのこと。天下大乱と革命の時代の到来を予感させるような「鬨(とき)の声」が、一平民の口から発せられたのである。 中国という国がこれで「革命と大乱の時代」に一気に突入していくかどうかは、まだ確定できない。未曾有の大疫病が今後どう広がるのか、あるいはどう収拾されるかによって今後の展開は違ってくるし、中国共産党政権も当然、革命的反抗運動が起きるのを手を拱いて看過するようなことは絶対しない。 今後は、政権側の強力な取り締まりや粛清によって民衆の反抗がいつものように圧殺されていくのであろう。しかしそれは当然、民衆と政権との対立の解消を意味するものではない。 長期的な視点からすれば、圧殺はより大きな反抗を招くだけのことであって、中国共産党の独裁体制は今後、大きな不安と混乱のなかで揺らいでいくに違いない。一党独裁下の「安定」に取って代わって、造反と混乱の時代が確実にやってくる。 中国という国はこれから、まさに「乱世」を迎えようとしているのである。

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