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1918年「スペインかぜ驚異の教訓」話題の感染免疫学の専門家・岡田晴恵教授が提言!【新型コロナウイルスと闘う②】

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 新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)の感染拡大が、世界中を脅かしている。テレビで話題の感染免疫学の専門家・岡田晴恵教授は言う。「人口密度があがり、高速大量輸送となった21世紀は感染症との闘いの時代。パンデミック疲労が世界中を席巻している現在、これまでの感染症の流行と歴史、そして当時の人の生き様を振り返ることで、新型コロナウイルスにも正面から対峙できる精神を持てるのではないでしょうか。パンデミックという”大災害”を、いかに“減災”できるのかが、人類の英知なのです」。先生の著書『なぜ感染症が人類最大の敵なのか?』(ベストセラーズ POD版)から、新型コロナとの闘いを考えてみよう。  第2回はスペインかぜの脅威について紹介する。 この記事の写真はこちら ◼️疫病はどんな名将よりも戦況に影響力をもつ  第一次世界大戦は1914年にセルビアとオーストリアの間で開戦し、1918年11月に終結しているが、その戦況を変えたのはこのスペインかぜであった。  1918年春、ドイツ軍はフランスのパリを完全に射程内に入れ、総攻撃をかけるまでになっていた。このときのドイツ軍の兵力は100万を超え、フランス在住の連合国軍の実に4倍であった。ロシア軍はすでに戦線から離脱しており、フランス軍は大きな打撃を受けて援軍に頼るしかない状況であった。ドイツ軍の勝利は確定したものと思われていた。そこへ、スペインかぜが突如として現われた。インフルエンザの伝播力は強く、両陣営に夥しい患者を出し始めたのだった。  過去の歴史においても戦時下の疫病は、どれほど有能で名声をはせた将軍や指揮官よりも戦況に大きな影響力を持ってきた。1494年のシャルル八世のイタリア戦争での梅毒、1525年のフランソワ一世とカール五世の戦場にはペストと発疹チフスが荒れ狂った。ナポレオンのロシア遠征にも腸チフス、赤痢が横行し、発疹チフスが最後の止めを刺した。こうして、いわゆる「軍陣医学」の中で、感染症は重要な位置をしめるようになったのだった。 ◼戦死者の8割はスペインかぜによる犠牲者  ドイツ軍の進軍は7月には完全に止まった。インフルエンザの蔓延する軍隊で、兵士の体力、気力ともに衰えたところへ、さらに補給路が絶たれたことから食糧が不足し、餓えが広まっていった。そこへ連合国軍が新たな兵士を加えて再編成され、反攻したのであった。その結果、休戦条約が結ばれ、第一次世界大戦は終結した。  スペインかぜが激甚な被害を与えたのはドイツ軍だけではなく、アメリカ軍においても、実にその戦死者の8割はスペインかぜによる犠牲者であった。  1918年3月、アメリカ・カンザス州の陸軍キャンプで発生したのが、スペインかぜの最も早い記録である。4月には米国中に広がり、ヨーロッパ戦線に向かう船舶によってフランスに持ち込まれた。5月にはポルトガル、スペイン、6月にはドイツ、イギリス、スカンジナビアでも流行が始まった。  アメリカの参戦は、はからずもスペインかぜの参戦というかたちで、戦局に大きな影響を与えることになったのである。さらに、当時中立国であったスペインが報道規制を行なっていなかったので、この新型インフルエンザはスペインを中心に流行していると誤解されてしまった。 このために、スペインかぜ(欧米ではスペイン・インフルエンザ)という不名誉な名前がついてしまったのだった。

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