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「NHKの受信料は月200~300円で十分」高橋洋一氏が主張する根拠

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PHP Online 衆知(Voice)

受信料の構造をぶっ壊せ――NHKを民間部門と公的部門に分割すれば、国民が払う受信料は劇的に下がる。既得権に守られた「公共放送の嘘」を明らかにし、本来あるべき経営のかたちを提言する。 ※本稿は、高橋洋一著『「NHKと新聞」は嘘ばかり』(PHP研究所刊)より一部抜粋・編集したものです。

放送はいまや誰でもできる

インターネット同時配信時代を迎えた令和の時代に放送制度改革を止めているのは、受信料を既得権にしたNHK、電波利用料を既得権にした民放各社です。 しかし、いまやインターネット動画を使えば誰でも「放送」ができます。近年、自らインターネット動画の番組を立ち上げて意見や情報を伝える専門家が増えています。 筆者も、インターネット動画を用いた私塾を行なっています。コストも安く、速報性も高い。何よりも時間の制約やテレビ局の方針で発言がカットされることがないので、歪曲されずに1次情報を直接、視聴者に届けることができます。 テレビで伝わるのは、編集の手を経た2次情報にすぎません。鮮度が落ちているのです。 有識者が直接、発信するのが本物の「1次情報」。人から聞いた話を伝えるテレビや新聞は、あくまで2次情報にすぎません。 1次情報の発信者は、識者や著名人に限りません。SNS全盛のいまは、学生でも漁師でも職人でも、本人が発する1次情報にこそ需要があります。 事件報道でも、街中で起きている犯罪や火事、津波などの災害情報、ハプニング映像をその場でスマホで撮影し、SNSで拡散すれば、あっという間に広がります。 ところが、インターネット動画による「放送」は放送法の範囲外です。放送法は「電波に希少性がある」と考えるので、電波を与える対象を絞ります。「電波の希少性」という物理的な制約がなければ、放送法の規制は最小必要限で済むのです。

NHKの分割民営化

では、どうすべきか。一つの案は、NHKを(1)「公共放送のNHK」と(2)「民間放送のNHK」に2分割することです。 これなら肥大化したNHKのスリム化にもなるし、公共放送部分のNHKは、受信料制度によって彼らのいう「社会的使命」を果たすことも可能です。 「偏向」と批判されるような報道ドキュメンタリーや、視聴者全員の納得が得られる保証がない紅白歌合戦や大河ドラマなどの芸能ショーやドラマ、各種スポーツ中継などは民間放送部分のNHKで放送し、同じ土俵で民間放送と競争すればよい。 「NHKを2分割する」という考え方は、公共経済学に基づくものです。 公共経済学は、ある分野への公費支出が正当化されるか否かを考える理論的根拠となるものです。学者の最大公約数的な理解として、文化的な財・サービスは「準公共財」である、とされます。 たとえば、絵画は市場で取引されるので私的財であるといえますが、個人が名画を所有することで作品を見る機会が個人と家族などに限定され、私的便益と社会的便益のあいだに乖離が生じる、ともいえます。 他方で、美術館で作品が一般に公開されて大勢が鑑賞できる機会が設けられれば、両者の乖離はなくなり、絵画は社会的に正当な価値が得られる。こうした対象を「準公共財」といいます。 「準公共財」は価値財(merit goods)ともいわれ、専門家による鑑定など一定の価値判断ならびに社会的判断が求められます。 準公共財の前提は、公費を払う国民が公的支援の必要性について納得することにあります。「表現の自由があるから、どのような内容であれ公費支出を受けられる」という話ではないのです。 じつは、放送にも同じことがいえます。 多くの国民が賛同し、広く便益を与えることが、真に「公共」の名に値する放送です。NHKが「公共放送」の名にどれほど固執したとしても、国民の一部にしか恩恵をもたらさないメディアであれば、受信料というかたちで公費を支出する理由はありません。 公費でなく私費であれば、表現の自由は認められます。受信料で公費を取るから、番組の内容に批判が生じるわけです。 また、広告収入で賄われる「民間放送のNHK」であっても、自分たちが考える「公共性」のある番組を自由に好きなだけ流すことはできます。 それでもどうしても受信料を使いたいのであれば、「公共放送のNHK」として切り離し、アメリカの「非商業教育局」のように教育に特化した番組、あるいは災害情報だけを放送してもらう。 災害報道は国民全員の生命・財産に関わることだし、教育番組は公共 経済学の考え方でいえば、国公立大学に公費を支出する外部効果と同じと見なすことができるでしょう。

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