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必要なのはココゾの時に心を裸にする勇気

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LEON.JP

世界のラグジュアリー人脈に通じ、社交界の裏事情にも詳しい謎の有閑マダム、カトリーヌ10世さんが、日本の男性諸氏が陥っている、ファッションと恋愛の無自覚・無意識の怠慢に覚醒を促し、読者を洗練へと導く連載です。 カトリーヌ10世の「男たちよ目覚めなさい」

「裸身より裸心」

みなさま、ごきげんよう。 『マチネの終わりに』という映画があります。福山雅治と石田ゆり子が、6年間にたった3回しか会っていない40代の男女の心の動きを繊細に演じて、日頃は洋画派の私も予想に反して引き込まれました。原作は作家の平野啓一郎で、原作の台詞なのか脚本家の手腕なのか定かではないのですが、ハッとさせられる台詞がありました。

テロで同僚を目の前で失ったジャーナリストの小峰洋子(石田ゆり子)が、ギタリストの蒔野聡史(福山雅治)とスカイプで会話をするシーンです。ぐったりと疲れた風情でショックを語る洋子に対し、聡史は「おつらかったですね」と声をかける。同僚を失った洋子の悲しみに寄り添う、良識的なひと言ですね。それに対し、洋子は何と答えたのか。「わたしでなくてよかった、と思ったの」 状況によっては、なんとエゴイスティックな女なのだとバッシングを受けるでしょう。しかし、洋子は聡史に対し、心に生じたありのままを率直に語っているわけです。良い人に見られたいとか、明るい会話をしなければという世間的な常識の鎧を脱ぎ捨て、言わば相手を信頼して心を裸にすることによってしか出てこない台詞といえましょう。

不意に差し出されたこの「裸の心」に、聡史が戸惑い、同時に心を射抜かれたことが表情から伝わってきます。次に会う時、聡史は情熱的な愛の告白をするのです。 このシーンの教訓は、人の心を掴んで離さないのは、“あなただけに”不意に差し出された「裸の心」であるということ。それは時に、世間の常識の対極にくるリスクをともないます。だからこそ、その価値を理解し、受け止められる相手であれば、そこからふたりだけの物語が始まるのでしょう。この場合は、女性のほうが「裸の心」を見せましたが、男性でも同じです。

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