ゲームストップ事件「個人がファンド破った」の幻想
(黒木亮・作家) 1月下旬、ニューヨーク株式市場で未曾有の事件が起こった。 SNS「レディット」の人気掲示板「ウォールストリートベッツ」に参加している個人投資家が大挙してビデオゲーム小売りチェーンの「ゲームストップ」(本社テキサス州、ニューヨーク証券取引所上場)の株を買って価格を暴騰させ、同社株をカラ売りしていたニューヨークの大手ヘッジファンド、メルビン・キャピタルが推定で45億ドル(約4759億円)もの損失をこうむったのだ。 2月18日、公聴会で謝罪したロビンフッドのCEOウラジミール・テネフ氏 ■ マージン・コールに踏み上げという罠 メルビン・キャピタルが巨額の損失をこうむったのは、カラ売りにともなうマージン・コール(追加証拠金差し入れ義務)に耐えられず、市場から高値で株を買い戻し、ポジションを手仕舞うしかなかったからと考えられる。 これはFRB(米連邦準備制度理事会)の規則で、カラ売り実行時には、カラ売りした額の150パーセントの証拠金差し入れが義務付けられており、その後も100パーセント程度の証拠金を維持しなくてはならないからだ。個人投資家の買いで、ゲームストップ株が約26倍に暴騰したため、必要な証拠金の額も26倍に膨れ上がったのである。 さらに他のカラ売り勢もあわてて市場から株を買い戻し、手仕舞いに走ったので、その買いがさらに価格を押し上げる「踏み上げ」という現象が起き、ますますカラ売り勢を締め上げる「ショート・スクイーズ」状態となった。
■ 暴騰はゲリラの奇襲 今回の事件が起きた要因の一つは、ゲームストップ株のカラ売りが異常に多かったことである。カラ売りをした場合、決済日(約定日の2営業日後)に株式を買い手に引き渡さなくてはならない。そのため株券を確保していないカラ売り(ネイキッドショートセリング)は禁止されている。これは自分の持ち物でない不動産を売る地面師と同じである。ところが今回のゲームストップ株ではこのネイキッドショートセリングをやっていた投資家が多数いたため、カラ売り勢が雪崩を打って手仕舞う事態になった。 通常、浮動株の10パーセント程度のカラ売りが行われていれば、「踏み上げ」を警戒しなくてはならないが、ゲームストップ株はその比率が実に140パーセントに達していたのである。 事件発生のもう一つの要因が、手数料無料のスマートフォン専業証券会社であるロビンフッド・マーケッツを使って、若者たちがゲーム感覚で株式市場に参入し、SNSを通じてゲームストップ株を共闘買いし、相場が前例のないほど暴騰したことだ。ニューヨーク証券取引所に日本のような値幅制限がなかったことも、暴騰に拍車をかけた。今回の事態は「市場の民主化」というより「ゲーマーの市場参入」といったほうが近いように思われる。 ■ 実は大儲けしたヘッジファンド、大損した個人投資家 今回の出来事をもって「個人投資家がヘッジファンドを倒した」という報道やSNSの書き込みが多数ある。つまり、名もなき個人投資家が団結し、悪徳ヘッジファンドを倒した、といった勧善懲悪的なストーリーで語られるケースが多いのだが、事実はかなり違う。 第一に、メルビンのようにゲームストップ株をショート(売り持ち)していたヘッジファンドもあったが、逆に株価が低すぎるとしてロング(買い持ち)にしていたファンドも多く、彼らは価格暴騰で濡れ手で粟の儲けを手にしたのである。