Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

心は長泥…絆を保つ 国に真摯な対応求める【復興を問う 帰還困難の地】(14)

配信

  • この記事についてツイート
  • この記事についてシェア
福島民報

 玄関前のフェンスにキュウリのつるが巻き付いている。夏の日差しを受け太く長く育った。「何かやらないと寂しくて」。ミニトマト、ナス、ピーマンも実り、アサガオや多肉植物などが敷地を彩る。東京電力福島第一原発事故で緑に囲まれた飯舘村長泥字曲田の暮らしから引き離された無職杉下定男さん(70)、徳子さん(67)夫妻は、福島市渡利の住宅地で七年目の夏を迎えた。  二〇一四(平成二十六)年に新築した家は過ごしやすい。家具は新しくなり、運動不足を補う体操器具もある。病院やスーパーマーケットが近く、原発事故前の長泥行政区での生活に比べ、通院も買い物も便利になった。それでも物質的な「豊かさ」では埋められない心の空白がある。  「この年になって、古里から遠い場所に住むとは思わなかった」。村の仲間と離れて暮らす日々に、夫妻は満たされない思いを抱えている。  杉下さん夫妻は避難後も古里の住民との絆を保ってきた。長泥行政区の全住民を対象に年に一度、福島市の飯坂温泉で開かれる交流会には、欠かさず出席している。

 「元気にしてっかい?」。温かい湯に漬かり、宴席で談笑すると、身も心も自然とほぐれていく。行政区全域が帰還困難区域となり、ばらばらに避難した。懐かしい顔が各地から集まる。まるで長泥行政区で暮らしていた日々が戻るかのようだ。  今年は曲田地区の取りまとめ役として実行委員のメンバーになっている。新型コロナウイルス感染拡大で開催できるかどうかは決まっていないが、実現するのを楽しみにしている。二〇二三(令和五)年春までの避難指示解除を目指し除染などが進む特定復興再生拠点区域(復興拠点)から外れた曲田地区の住民に限った交流会もある。昨年は二本松市の岳温泉で旧交を温めた。  長泥行政区内の自宅敷地に設けられる村営復興公園には、原発事故の記憶を後世に伝えるモニュメントなどの設置が検討されていると聞いたが、詳細は分からない。復興拠点とともに一括解除する方針案が示され「特殊事例」とされた古里の将来はいったいどうなるのか、見通せない。

 夫妻は復興公園用地を提供する決断をし、自宅解体を受け入れた。復興のため、そして行政区の一体感を保つため、できる限りのことはしている。「あとは国が責任を持って対応してほしい」。不安といら立ちを抱え、避難指示解除後であっても除染を徹底するなど真摯(しんし)な対応を求める。  避難から間もなく十年となる。夫妻は二人とも七十歳前後となった。「以前の暮らしは取り戻せないだろう。どうすれば長泥の人々と付き合いを続けていけるか、悩ましい」。定男さんは諦念を抱えつつ、古里との結び付きを保ち続ける方策を模索する。

【関連記事】