三菱一号館美術館がいよいよリニューアルオープン。「不在」をめぐる、トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カルの展覧会が開幕
ポスターや版画作品、版画集など、ロートレックの作品130点超を一挙展示
まず3階に展開されるのは、ロートレックの作品群だ。ロートレックは1891年に初めて手がけたポスター《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》で高い評価を獲得するが、いっぽうでポスター作家としての評価が先行し、フランスの国公立美術館はロートレックの没後も彼の油彩作品を受け入れなかった。没後に評価が定まらず、美術史から「不在」だった時期に再評価のきっかけを作ったひとりが、ロートレックの友人であり画商でもあったモーリス・ジョワイヤンだった。 本展では、ジョワイヤンが守り伝えてきた作品群のうち、三菱一号館美術館が所蔵しているポスター32点や版画作品、版画集と、フランス国立図書館から借用した版画1点の計136点を展示。全6章に分けて紹介している。 第1章「ロートレックをめぐる『存在』と『不在』」では、生前からロートレックの作品にいち早く注目したピカソやジョワイヤン、そして作家によって「存在」を記録されたモデルや友人たちに注目する。 ロートレックに触発されてサーカスや貧しい人々などを主題としたピカソは、彼の死後、自身の作品《青い部屋》にオマージュとしてロートレックのポスター《メイ・ミルトン》を描きこんだ。ここではその《メイ・ミルトン》や、《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》などを見ることができる。 またロートレックがジョワイヤンへの献辞と彼を表すワニを表紙の裏に描いたジョルジュ・ルナール著『博物誌』の挿絵も展示。ルナールのテキストとともに、羊やネズミ、豚など、ロートレックが描いた様々な生き物たちが壁一面に並ぶ。 第2章「『反復』による強調:ブリュアンのマフラーとアヴリルの帽子」では、赤や黄色で色鮮やかに描かれた歌手アリスティド・ブリュアンのマフラーや、踊り子のジャヌ・アヴリルの装飾的な帽子など、モデルの存在を還元するように繰り返し描かれた着衣やアクセサリーに注目。 第3章「『不在』と『存在』の可視化:ポスターとギルベールの黒い長手袋」では、展示室の中央に薄い膜で囲まれた円形のセクションが登場する。ここでは、批評家のギュスターヴ・ジェフロワが文章を書き、ロートレックが挿絵を描いた『イヴェット・ギルベール』に光を当てる。 イヴェット・ギルベールはカフェ・コンセールなどで人気を博した歌手だが、表紙に歌手の姿は描かれていない。代わりに描かれるのは、彼女の象徴としての黒い長手袋だ。ポスター《ディヴァン・ジャポネ》でもステージ上の女性は顔が見えないが、その黒い長手袋からギルベールだとわかる。本人は「不在」ながら身につけたものが持ち主の存在を強調している。 ロートレックは色鮮やかな多色刷りのポスターで知られるが、ジョワイヤンのコレクションには、単色の試し刷りも多く残されている。第4章「色彩の『不在』と線描の『存在』」では、こうしたポスターの試し刷りや挿絵など、色彩が重ねられていない作品を通して、木炭によるアカデミックな素描の基礎教育を受けたロートレックの表現力に光を当てる。『レスタンプ・オリジナル』に寄せた《アンバサドゥールにて、カフェ・コンセールの女歌手》は複数の試し刷りが並べて展示されているため、作品が色を重ねて完成に向かっていく過程を追うことができる。 作家の巧みな表現力は、ダンサーのロイ・フラーを描いた作品群でも発揮されている。第5章「形態の『不在』」では、フラーの踊りを色彩の変化に集中して抽象的なフォルムで表現した作品群を一挙展示。 そしてロートレックの展示を締めくくる第6章「テキストの『不在』女性の『存在』と男性の『不在』」では、石版画集『彼女たち』を紹介。ロートレックが娼館でスケッチを行って制作した『彼女たち』は、作品の受け手として男性を想定していたが、作品内で男性の姿は可視化されず、商業的にも失敗だったとされる。ここでは、足を広げて腰掛けたり、ベッドの傍で鏡を見たりしている女性たちの何気ない仕草や日常の様子を、物語やテキストの助けを借りず表現し、女性の多様な姿を描き出すことに挑戦している。 最後の作品《54号室の女船客》はロートレックが一目惚れした女性の船客を描いたものだが、この作品から後ろを振り返ると、ソフィ・カルの映像作品《海を見る》の展示室が見える。ここからカルの展示につながっていく。